Pacta Sunt Servanda

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市議会委員会の傍聴拒否事件(大阪地判平成19年2月16日)

 このように,様々な意見,知識,情報に接し,これを摂取する自由は,民主主義社会において,代表者による政治が国民(住民)の批判にさらされ,民意に基づく審議を可能にするための重要な一手段ということができるのである。しかるところ,住民は,地方議会の会議の内容を広く見聞することにより,議会の活動状況や議員の行動等を知ることができ,ひいては次の選挙における投票行動を決定することができるようになるのであるから,住民が地方議会の会議を傍聴することは,住民が地方公共団体の政治に関与するに当たり,重要な判断の資料を提供するものというべきである。そうすると,住民が地方議会の会議を傍聴する自由は,前記のとおり,憲法上地方議会の会議の公開が制度的に保障されていることの結果にとどまらず,様々な意見,知識,情報に接し,これを摂取する自由の派生原理としても認められるものというべきである。そして,前記のとおり,今日においては,地方自治法及びその委任を受けた条例により規定された委員会制度の下において,各委員会における議案等の予備審査等が,本会議における審議と同程度に,あるいは,それ以上に,地方議会における審議の中心となっていることが認められるのであるから,このことをもしんしゃくすれば,住民が地方議会の委員会の会議を傍聴する自由も,本会議を傍聴する自由と同様の趣旨で,様々な意見,知識,情報に接し,これを摂取する自由の派生原理として尊重されるべきものということができる。

 もっとも,前記のとおり,地方議会の委員会は,議案についての最終的な意思決定を行ういわゆる本会議とは異なり,議案等の予備審査等を行う内部機関として地方自治法及びこれに基づく条例の規定により設けられているものにすぎず,憲法もその会議の公開はもとよりその設置自体についてもこれを制度として保障していないことにかんがみると,住民が地方議会の委員会の会議を傍聴する自由については,他者の人権と衝突する場合にはそれとの調整を図る上において,又はこれに優越する公共の利益が存在する場合にはそれを確保する必要から,一定の合理的制限を受けることがあることはやむを得ないものとして,憲法自体がそのことを予定していると解されるのであり,このような観点から委員会傍聴の許否の要件,手続等をどのように定めるかについては,条例の定めにゆだねられているものと解するのが相当である。そして,このような観点から条例において地方議会の委員会の傍聴を制限する旨の規定を設けた場合において,当該制限規定が憲法21条1項に適合して是認されるものであるかどうかは,当該規定の目的の正当性並びにその目的達成の手段として傍聴を制限することの合理性及び必要性を総合的に考慮して判断すべきである。

 カ 以上のとおり,地方議会の委員会においては,本会議における会議,すなわち,最終的な意思決定のための審議及び表決の準備のために,専門的,技術的な審査等を行う内部機関としての性格上,自由かつ率直な審議の場を確保してその審査及び調査の充実を図ることは,それ自体重要な公益ということができるのであって,このような観点から個々の住民の委員会の会議を傍聴する自由が制限を受けることとなってもやむを得ないというべきところ,本件条例12条1項は,議員以外の者に委員会の傍聴をさせることが,当該委員会において自由かつ率直な審議の場を確保してその審査及び調査の充実を図る観点から適当か否かの判断を,委員会の秩序保持権を有する委員長の判断にゆだねたものであるから,同項の目的は正当かつ合理的なものということができる上,その目的を達成する手段としての合理性及び必要性を肯定することもできる。

 キ したがって,本件条例12条1項の規定が,議員以外の者の委員会の傍聴を委員長の許否の判断にゆだねていることは,国民(住民)の様々な意見,知識,情報に接し,これを摂取する自由が尊重されるものとした憲法21条1項に反するものではないというべきである。

 ところで,前記のとおり,各人が様々な意見,知識,情報に接し,これを摂取する自由は,表現の自由を保障した憲法21条1項の趣旨,目的から,いわばその派生原理として当然に導かれるところであり,その自由は,民主主義社会において,代表者による政治が国民(住民)の批判にさらされ,民意に基づく審議を可能にするための重要な一手段ということができるのである。このことに加えて,会議場の場所的制約にもかんがみると,報道機関が地方議会の会議を傍聴する自由というのは,国民(住民)の知る権利(情報等に接し,これを摂取する自由)に奉仕するものとして,個々の住民の傍聴の自由以上に重要な意味を有するということができ,取材の自由の派生原理として十分尊重に値するものというべきである。

 そうであるとすれば,報道機関の有する取材の自由にかんがみても,委員会において自由かつ率直な審議の場を確保してその審査及び調査の充実を図る観点から,当該委員会の傍聴を当該委員会の委員長の許否の判断にゆだねることの合理性及び必要性について,個々の住民の傍聴の場合と報道の任務に当たる者の傍聴の場合とで異なって解すべき根拠を見いだせず,したがって,本件条例12条1項の規定が,報道の任務に当たる者についても,委員会の傍聴を委員長の許否の判断にゆだねていることは,憲法21条1項に反するものではないものというべきである。

 前記のとおり,報道機関の報道は,民主主義社会において,国民が国政に関与するにつき,重要な判断の資料を提供するものであって,事実の報道の自由は,表現の自由を保障した憲法21条の保障の下にあることはいうまでもなく,このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには,報道の自由とともに,報道のための取材の自由も,憲法21条の精神に照らし,十分尊重に値するものである。本件条例12条1項に基づく委員長の委員会の傍聴の許否の判断における裁量権の行使に当たって,報道の公共性,ひいては報道のための取材の自由に対する配慮に基づき,報道機関の記者(報道の任務に当たる者)をそれ以外の一般の住民に対して優先して傍聴させるという取扱いをすることは,地方政治の報道の重要性に照らせば,合理性を欠く措置ということはできず,憲法14条1項に違反しないものというべきである(最高裁昭和63年オ第436号平成元年3月8日大法廷判決・民集43巻2号89頁参照)。本件先例は,上記の趣旨の運用基準を定めたものと解されるから,憲法14条1項に違反しないものというべきである。

 そして,上記のような本件条例12条1項の規定の運用により,報道機関(報道の任務に当たる者)以外の個々の住民の委員会を傍聴する自由が制限されることとなるとしても,これら一般の住民は,委員会の傍聴を認められた報道機関による当該委員会の会議に係る事実の報道等を通じて,当該委員会の活動状況や議員の行動等を知ることが可能ということができるのであり,他方で,このような報道活動を通じて,住民の間に世論が形成され,民意に基づく審議が可能となるということができるから,憲法21条1項に違反するということはできない

 しかるところ,前記のとおり,報道機関による委員会の傍聴は,報道機関が会議を見聞し,その事実を報道することによって,住民が地方議会の活動状況や議員の行動等を知ることを可能にし,それによって民意の形成に寄与し,ひいては民意に基づく議会の審議が可能になり,民主的基盤に立脚した地方公共団体の行政の健全な運営に資するという機能を有するものであり,このような報道機関の報道の有する機能,公共性等にかんがみ,本件条例12条1項に基づく委員長の委員会傍聴の許否の判断に当たり,会議場の場所的制約の下において,報道機関(報道の任務に当たる者)をそれ以外の一般の住民に優先して,すなわち,これら住民の委員会の会議を傍聴する自由の制限と引き換えに,傍聴させる取扱いをすることの合理性を肯定することができるのである。そうすると,委員会の会議を傍聴した報道機関によりその会議に係る誤った事実又は不正確な事実が報道されたような場合には,当該報道に接した住民がその報道内容が真実であると誤解し,委員会の活動状況や議員の行動等についての正確な事実認識を踏まえた公正な民意の形成が阻害され,そのために委員会における十分な審査及び調査の遂行に支障を来す事態を招来する可能性も一概に否定することができない。そして,委員会における審査及び調査は,法制上は,地方議会の本会議における最終的な意思決定の準備のための内部的な手続にすぎないものの,地方自治法及びその委任を受けた条例により規定された委員会制度の下において,各委員会における議案等の予備審査等が,本会議における審議を充実させ,適切な表決を迅速に行うことを可能にするための重要な手続として位置付けられ,機能していることにかんがみれば,委員会における十分な審査及び調査の遂行が妨げられることにより,ひいては本会議において充実した審議の上適切な表決を迅速に行うことを阻害する結果をもたらすことにもなりかねず,その弊害は住民全体の利益にかかわるものであり,しかも,報道機関の報道が住民に与えた印象は容易に払拭し難いことをも併せ考えれば,その弊害の程度は決して軽視することはできないものというべきである。以上説示したような委員会の会議に係る事実の報道の重要性,公共性,誤った事実又は不正確な事実の報道が地方行政にもたらす弊害の大きさ等にかんがみると,本件条例12条1項に基づく委員長の委員会傍聴の許否についての判断に当たり,委員会の会議に係る事実を正確に報道することのできる能力,資質を備えた報道機関に限って委員会の傍聴を認める取扱いをすることは,その必要性及び合理性を十分肯定することができる。のみならず,前記のような委員会の議会における組織上,手続上の位置付け並びに議会の議事手続における委員会の議案についての審査及び調査の意義ないし重要性にかんがみると,その会議に係る事実について誤った又は不正確な報道がされることによる弊害を排除する必要性はより大きいというべきである。

 このような観点からすれば,本件条例12条1項に基づく委員長の委員会傍聴の許否についての判断に当たり,委員会の会議に係る事実を正確に報道することのできる能力,資質を備えない報道機関に委員会を傍聴させた場合に生じ得る上記のような弊害にかんがみ,報道機関に委員会の会議に係る事実を正確に報道することのできる能力,資質が制度的に担保されていると認められるための基準をあらかじめ設定し,当該基準に従って一律に報道機関の委員会傍聴の許否を判断する取扱いをすることも,その基準が合理的なものである限り,必要やむを得ないものとしてその必要性,合理性を肯定せざるを得ないというべきである。そして,その結果,当該基準に該当しないものの,上記のような能力,資質を備えた報道機関が委員会の傍聴を認められないことがあっても,上記のとおり当該能力,資質を個別具体的に判断することの困難性,誤って当該能力,資質を欠く報道機関に傍聴を認めた場合に生じ得る弊害の大きさ等にかんがみると,やむを得ないものというべきであり,既に説示したような地方議会の委員会の傍聴の自由の内容,性質に加えて,委員会の傍聴における報道機関の優先的な地位が本件条例12条1項に基づく委員長の裁量権の合理的な行使の結果として付与されるものであることにもかんがみると,憲法21条1項に違反するということはできない

 これらの認定事実によれば,大阪市記者クラブは,同クラブに所属する報道機関ないし記者の取材ないし報道活動を自主的に規律する私的な団体であるということができるところ,前記認定の規約の規定内容に加えて,加盟者である各報道機関の報道に係る読者ないし視聴者の規模等にもかんがみると,同クラブに所属する報道機関ないしその記者の間における相互規制等を通じて報道に係る一定の行為規範,価値基準が共有され,それによって事実の正確な報道が担保され,しかも,その存在意義について相当数の国民(住民)から支持されていると推認され,報道分野において重要な役割を果たしているということができるから,同クラブ所属の報道機関ないしその記者は,委員会の会議に係る事実を正確に報道することのできる能力,資質を備えた者であることが,相当の根拠をもって担保されているものということができる。そうであるとすれば,大阪市記者クラブに所属する記者であるか否かという基準は,委員会の傍聴を希望する報道機関ないしその記者に前記の能力,資質が制度的に担保されていると認められるための基準として,十分合理的なものということができる。

 カ 以上検討したところによれば,委員長が,本件条例12条1項に基づく委員会の傍聴の許否の判断に当たり,本件先例に依拠して,原則として大阪市記者クラブ所属の記者にのみ傍聴を許可するという運用をすることは,憲法21条1項に違反するということはできず,また,合理的な理由なくして同クラブに所属する記者とそれ以外の報道機関ないし記者を差別するものとして憲法14条1項に違反するということもできない

 しかしながら,前記1及び2で説示したとおり,委員長が,本件条例12条1項に基づく委員会の傍聴の許否の判断に当たり,本件先例に依拠して,原則として大阪市記者クラブ所属の記者にのみ傍聴を許可するという運用をすることは,憲法21条1項,14条1項に違反するということはできないのであり,本件不許可処分をした村尾委員長の判断も,結局のところ,このような運用に従ってされたものである(前記前提となる事実等(5)参照)から,本件不許可処分は,憲法21条1項,14条1項に違反するということはできない。

 しかるところ,前記前提となる事実等(5)及び弁論の全趣旨によれば,本件不許可処分は,本件委員会の各派代表者会議に諮った上,本件先例に依拠した原則的取扱いとする意向が多数であったことを踏まえて行われたものであると認められ,その理由も文書(甲2)により原告に告知されている事実が認められる。このことに加えて,前記のとおり,原告のような報道機関ないしその記者が委員会の会議に係る事実を正確に報道することのできる能力,資質を備えたものであるか否かを個別具体的に判断することが事柄の性質上極めて困難であり,たとい原告が客観的にみてそのような資質,能力を備えたものであると認められるとしても,今後大阪市記者クラブに所属しない報道機関ないし記者から同種の傍聴希望が出された場合に,本件委員会や大阪市会のその他の委員会(委員長)において上記のような困難な判断を強いられる事態も考えられなくはない。しかるところ,本件先例は,正に,誤って上記のような能力,資質を欠く報道機関に傍聴を認めた場合に生じ得る弊害の大きさ等にかんがみ,上記のような事態を避けるべく,委員会の傍聴を希望する報道機関に上記のような能力,資質が制度的に確保されていると認められるための基準として,大阪市記者クラブに所属する記者であるか否かという基準を設定し,原則として当該基準に適合する報道機関ないし記者にのみ委員会の傍聴を許可する取扱いを定めたものである。これらにかんがみると,村尾委員長が上記のような例外的取扱いをせずに本件不許可処分をしたことが,本件条例12条1項により委員長に付与された裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものということはできない。