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広島地判平成20年12月25日

(2)ところで,生活保護を受ける権利は,被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に付与された一身専属的な権利であって,相続の対象になり得ない。また,仮に被保護者の生存中に本来支払うべき給付が支払われていないとしても,当該給付を求める権利は,当該被保護者の最低限度の生活の需要を満たすことを目的とするものであって,法の予定する目的以外に流用することを許さないものであるから,当該被保護者の死亡によって当然消滅し,相続の対象となり得ないと解すべきである。(最高裁大法廷昭和42年5月24日判決・民集21巻5号1043頁参照)

 法8条2項は,厚生労働大臣が保護基準の制定に当たって考慮すべき事情を定めた上,保護基準が,最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これを超えないものであることを要する旨規定するが,同規定が定めるところは抽象的で相対的なものであり,その具体的内容は,文化の発達,国民経済の進展に伴って向上するのはもとより,多数の不確定的要素を総合勘案してはじめて決定できるものであり,このような点にかんがみると,保護基準の制定は,その改定も含めて,厚生労働大臣の合目的的な裁量に委ねられているというべきである(最高裁昭和39年(行ツ)第14号昭和42年5月24日大法廷判決参照)。

 しかし,一般に,保護基準の改定は,その新規の制定とは異なり,既に制定されていた保護基準を変更するものであり,そもそも改定前の保護基準は,厚生労働大臣が法8条2項所定の要件を充足する基準として制定したものである。しかも,後記認定のとおり,本件保護基準改定前の老齢加算母子加算及び多人数世帯扶助基準額に関する保護基準は,いずれも長年にわたり実施されてきたもので,いわば,厚生労働大臣が法8条2項所定の要件を充足する基準であることを長年にわたり自認してきたものである。加えて,本件保護基準改定は,このような保護基準を保護受給者に不利益に変更するものである。上記の各点及び保護基準の改定が厚生労働大臣の裁量に委ねられている趣旨にかんがみれば,本件保護基準改定についての厚生労働大臣の裁量の幅は,その新規の制定におけるそれよりも狭く,本件保護基準改定における厚生労働大臣の判断過程に看過し難い事実の誤認や事実の評価の誤り等の不合理な点があり,上記判断がこれに依拠してされたと認められる場合には,厚生労働大臣の上記判断に不合理な点があり,同判断に基づく本件保護基準改定は裁量権を濫用又は逸脱したものとして,違法であり,これに基づく本件各決定もまた違法であると解すべきである(最高裁昭和60年(行ツ)第133号平成4年10月29日第一小法廷判決参照)。そして,上記の不合理な点があったことを基礎付ける事実は,厚生労働大臣裁量権の濫用又は逸脱のあったことの根拠事実であるから,その主張,立証責任は原告らが負うこととなる。

 以上によれば,主文第1項の訴えは当然に終了したものと宣し,同2項の請求に基づく訴えは,いずれも不適法であるから,これらを却下することとし,原告ら(主文第1項の原告らを除く。)及び承継参加人のその余の請求は,いずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京高等裁判所平成22年5月27日

 原告らが主張するように、老齢加算の廃止によって、老齢加算減額前満額支給時との比較において、保護費全体が約二割の減額になるような場合、激変緩和の措置として、三年間をかけて段階的に廃止することとされたとはいえ、当該満額支給をされていた者にとっての実感を直視すれば、これを率直に問題視し廃止の段階をとらえて追及すること自体は、確かに無理からぬところではある。

 とはいえ、以上子細に検討したところによれば、原告らの主張する点は、いずれも厚生労働大臣裁量権の範囲の逸脱・濫用までを基礎付け得るものではなく、また、他にこれを肯定できる事情はうかがえないのであって、老齢加算を減額・廃止した保護基準の改定に違法(法違反、憲法二五条違反)があったとは認められないといわざるを得ない。

 そして、原告らにおいては、老齢加算の減額・廃止以外を理由とする本件各決定における給付額の変動を争うものではなく、本件各決定に固有の違法事由がある旨の主張立証はないことからすれば、本件各決定は適法であるということになる。

東京地判平成20年6月26日

1 法59条1項が定める「配偶者」の概念は,遺族厚生年金が被保険者等の死亡等の場合にその家族の生活を保障する目的で支給される公的給付であることを勘案すると,被保険者等の生活の実態に即し,現実的な観点から理解すべきであって,戸籍上届出のある配偶者であっても,その婚姻関係が実体を失って形骸化し,かつ,その状態が固定化して近い将来解消される見込みのないとき,すなわち,事実上の離婚状態にある場合には,もはや遺族厚生年金を受けることができる「配偶者」に該当しないものというべきである最高裁昭和58年4月14日第一小法廷判決・民集37巻3号270頁参照)。

 しかしながら,他方で,一夫一婦制を基本とし,原則として適式の届出のある婚姻関係のみを正式な法律上の婚姻関係と認める現行法体系のもとにおいては,仮に,被保険者等に,法律上の配偶者のほかに,いわゆる重婚的内縁関係にある者が存在し,その者と被保険者等との関係が密接であるために,法律上の配偶者との関係が疎遠になっている場合であっても,それが事実上の離婚状態に至っていない場合には,当該法律上の配偶者を法59条1項の「配偶者」として遺族厚生年金の支給を認めるのが相当であり,他方,事実上の離婚状態にない法律上の配偶者が存在する状況下での内縁関係なるものは,法3条2項にいう「事実上婚姻関係と同様の事情にある」関係と評価することはできず,そのような関係にあるに過ぎない者は,遺族厚生年金の支給を受けるべき「配偶者」に該当しないものというべきである。

 そして,「事実上の離婚状態」にあるか否かは,婚姻当事者の別居の有無,別居の経緯,別居期間,婚姻関係を維持ないし修復するための努力の有無,別居後における経済的依存の状況,別居後における婚姻当事者間の音信・訪問の状況,重婚的内縁関係の固定性等を総合して判断すべきである。

 

(6)以上のとおりであって,Aと原告の婚姻関係は,事実上の離婚状態に至っていたと評価することはできず,原告がAの「配偶者」(法59条1項)であるというべきであり,そうすると,参加人は,同条項所定の「配偶者」に該当するとは認められないから,参加人を同条項所定の「配偶者」であるとしてAの遺族厚生年金の受給権を認めた本件裁決は,その判断を誤ったもので違法であり,取り消されるべきである。

百選139事件 学生無年金障害者訴訟(最二判平成19年9月28日)

第1 上告代理人新井章ほかの上告理由第1点,第4点のうち昭和60年改正前の法7条2項8号,平成元年改正前の法7条1項1号イの規定等の憲法14条及び25条違反をいう部分について

1 法30条1項1号は,障害基礎年金(昭和60年改正前は障害年金。以下,上記の障害基礎年金と障害年金を「障害基礎年金等」という。)につき,傷病の初診日において国民年金の被保険者であることを受給要件として定めている。

 法は,原則として,日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者につき,当然に国民年金の被保険者となるものとしている(昭和60年改正前の法7条1項,法7条1項1号。いわゆる強制加入。以下,強制加入による被保険者を「強制加入被保険者」という。)が,平成元年改正前の法は,このうちの高等学校の生徒,大学の学生など所定の生徒又は学生(ただし,定時制の課程,通信制の課程又は夜間の学部等に在学する生徒又は学生を除く。以下「20歳以上の学生」という。)につき,その例外とし(昭和60年改正前の法7条2項8号,平成元年改正前の法7条1項1号イ。以下,これらの規定を「強制加入例外規定」という。),本人の都道府県知事への申出によって国民年金の被保険者となることのできる任意加入を認めていた(昭和60年改正前の法附則6条1項,平成元年改正前の法附則5条1項1号)。

 また,法は,強制加入被保険者に対しては,保険料納付義務の免除に関する規定(法89条,平成12年改正前の法90条。以下,これらの規定を「保険料免除規定」という。)を設け,これによる免除を受けた者に対しても所定の要件の下で障害基礎年金等を支給することとしている(昭和60年改正前の法30条1項1号,昭和60年法律第34号附則20条1項,法30条1項ただし書)が,任意加入により国民年金の被保険者となった者(以下「任意加入被保険者」という。)については,保険料免除規定の適用を認めず(昭和60年改正前の法附則6条6項,平成12年改正前の法附則5条10項),任意加入被保険者は,保険料を滞納し所定の期限までに納付しないときは,被保険者の資格を喪失することとしている(昭和60年改正前の法附則6条5項4号,法附則5条6項4号)。

 このため,平成元年改正前の法の下においては,20歳以上の学生は,国民年金に任意加入して保険料を納付していない限り,傷病により障害の状態にあることとなっても,初診日において国民年金の被保険者でないため障害基礎年金等の支給を受けることができない。また,保険料負担能力のない20歳以上60歳未満の者のうち20歳以上の学生とそれ以外の者との間には,上記の国民年金への加入に関する取扱いの区別及びこれに伴う保険料免除規定の適用に関する区別(以下,これらを併せて「加入等に関する区別」という。)によって,障害基礎年金等の受給に関し差異が生じていたことになる。

2 国民年金制度は,憲法25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障上の制度であるところ,同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は,立法府の広い裁量にゆだねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。もっとも,同条の趣旨にこたえて制定された法令において受給権者の範囲,支給要件等につき何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いをするときは別に憲法14条違反の問題を生じ得ることは否定し得ないところである最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)。

3 国民年金制度は,老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止することを目的とし,被保険者の拠出した保険料を基として年金給付を行う保険方式を制度の基本とするものであり(法1条,87条),雇用関係等を前提とする厚生年金保険法等の被用者年金各法の適用対象となっていない者(農林漁業従事者,自営業者等)を対象とする年金制度として創設されたことから,強制加入被保険者の範囲を,就労し保険料負担能力があると一般に考えられる年齢によって定めることとし,他の公的年金制度との均衡等をも考慮して,原則として20歳以上60歳未満の者としたものである(昭和60年改正前の法7条1項)。そして,国民共通の基礎年金制度を導入し被用者年金各法の被保険者等をも国民年金の強制加入被保険者とすることとした昭和60年改正においても,第1号被保険者(平成元年改正前の法7条1項1号)の範囲を原則として上記の年齢によって定めることとしたものである。

 学生(高等学校等の生徒を含む。以下同じ。)は,夜間の学部等に在学し就労しながら教育を受ける者を除き,一般的には,20歳に達した後も稼得活動に従事せず,収入がなく,保険料負担能力を有していない。また,20歳以上の者が学生である期間は,多くの場合,数年間と短く,その間の傷病により重い障害の状態にあることとなる一般的な確率は低い上に,多くの者は卒業後は就労し,これに伴い,平成元年改正前の法の下においても,被用者年金各法等による公的年金の保障を受けることとなっていたものである。一方,国民年金の保険料は,老齢年金(昭和60年改正後は老齢基礎年金)に重きを置いて,その適正な給付と保険料負担を考慮して設定されており,被保険者が納付した保険料のうち障害年金(昭和60年改正後は障害基礎年金)の給付費用に充てられることとなる部分はわずかであるところ,20歳以上の学生にとって学生のうちから老齢,死亡に備える必要性はそれほど高くはなく,専ら障害による稼得能力の減損の危険に備えるために国民年金の被保険者となることについては,保険料納付の負担に見合う程度の実益が常にあるとまではいい難い。さらに,保険料納付義務の免除の可否は連帯納付義務者である被保険者の属する世帯の世帯主等(法88条2項)による保険料の納付が著しく困難かどうかをも考慮して判断すべきものとされていること(平成12年改正前の法90条1項ただし書)などからすれば,平成元年改正前の法の下において,学生を強制加入被保険者として一律に保険料納付義務を負わせ他の強制加入被保険者と同様に免除の可否を判断することとした場合,親などの世帯主に相応の所得がある限り,学生は免除を受けることができず,世帯主が学生の学費,生活費等の負担に加えて保険料納付の負担を負うこととなる。

 他方,障害者については障害者基本法等による諸施策が講じられており,生活保護法に基づく生活保護制度も存在している。

 これらの事情からすれば,平成元年改正前の法が,20歳以上の学生の保険料負担能力,国民年金に加入する必要性ないし実益の程度,加入に伴い学生及び学生の属する世帯の世帯主等が負うこととなる経済的な負担等を考慮し,保険方式を基本とする国民年金制度の趣旨を踏まえて,20歳以上の学生を国民年金の強制加入被保険者として一律に保険料納付義務を課すのではなく,任意加入を認めて国民年金に加入するかどうかを20歳以上の学生の意思にゆだねることとした措置は,著しく合理性を欠くということはできず,加入等に関する区別が何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いであるということもできない

 確かに,加入等に関する区別によって,前記のとおり,保険料負担能力のない20歳以上60歳未満の者のうち20歳以上の学生とそれ以外の者との間に障害基礎年金等の受給に関し差異が生じていたところではあるが,いわゆる拠出制の年金である障害基礎年金等の受給に関し保険料の拠出に関する要件を緩和するかどうか,どの程度緩和するかは,国民年金事業の財政及び国の財政事情にも密接に関連する事項であって,立法府は,これらの事項の決定について広範な裁量を有するというべきであるから,上記の点は上記判断を左右するものとはいえない。

 そうすると,平成元年改正前の法における強制加入例外規定を含む20歳以上の学生に関する上記の措置及び加入等に関する区別並びに立法府が平成元年改正前において20歳以上の学生について国民年金の強制加入被保険者とするなどの所論の措置を講じなかったことは,憲法25条,14条1項に違反しない

 以上は,前記大法廷判決及び最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

第2 同第2点,第4点のうち20歳以上の学生に対し無拠出制の年金を支給する旨の規定を設けるなどの措置を講じなかった立法不作為の憲法14条及び25条違反をいう部分について

1 法30条の4(昭和60年改正前の法57条)は,傷病の初診日において20歳未満であった者が,障害認定日以後の20歳に達した日において所定の障害の状態にあるとき等には,その者(以下「20歳前障害者」という。)に対し,障害の状態の程度に応じて,いわゆる無拠出制の障害基礎年金(昭和60年改正前は障害福祉年金。以下,上記の障害基礎年金と障害福祉年金を「20歳前障害者に対する障害基礎年金等」という。)を支給する旨を定めている。

 国民年金の被保険者資格を取得する年齢である20歳に達する前に疾病にかかり又は負傷し,これによって重い障害の状態にあることとなった者については,その後の稼得能力の回復がほとんど期待できず,所得保障の必要性が高いが,保険原則の下では,このような者は,原則として,給付を受けることができない20歳前障害者に対する障害基礎年金等は,このような者にも一定の範囲で国民年金制度の保障する利益を享受させるべく,同制度が基本とする拠出制の年金を補完する趣旨で設けられた無拠出制の年金給付である。

2 無拠出制の年金給付の実現は,国民年金事業の財政及び国の財政事情に左右されるところが大きいこと等にかんがみると,立法府は,保険方式を基本とする国民年金制度において補完的に無拠出制の年金を設けるかどうか,その受給権者の範囲,支給要件等をどうするかの決定について,拠出制の年金の場合に比べて更に広範な裁量を有しているというべきである。また,20歳前障害者は,傷病により障害の状態にあることとなり稼得能力,保険料負担能力が失われ又は著しく低下する前は,20歳未満であったため任意加入も含めおよそ国民年金の被保険者となることのできない地位にあったのに対し,初診日において20歳以上の学生である者は,傷病により障害の状態にあることとなる前に任意加入によって国民年金の被保険者となる機会を付与されていたものである。これに加えて,前記のとおり,障害者基本法生活保護法等による諸施策が講じられていること等をも勘案すると,平成元年改正前の法の下において,傷病により障害の状態にあることとなったが初診日において20歳以上の学生であり国民年金に任意加入していなかったために障害基礎年金等を受給することができない者に対し,無拠出制の年金を支給する旨の規定を設けるなどの所論の措置を講じるかどうかは,立法府の裁量の範囲に属する事柄というべきであって,そのような立法措置を講じなかったことが,著しく合理性を欠くということはできない。また,無拠出制の年金の受給に関し上記のような20歳以上の学生と20歳前障害者との間に差異が生じるとしても,両者の取扱いの区別が,何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いであるということもできない。そうすると,上記の立法不作為が憲法25条,14条1項に違反するということはできない。

 以上は,前記各大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,論旨は採用することができない。

所得税更正処分取消請求事件(福岡高判平成20年10月21日)

 納税者は,現在妥当している租税法規に依拠しつつ,現在の法規に従って課税が行われることを信頼しながら各種の取引を行うのであるから,後になってその信頼を裏切ることは,憲法84条が定める租税法律主義が狙いとする一般国民の生活における予測可能性,法的安定性を害することになり,同条の趣旨に反する。したがって,公布の前に完了した行為や過去の事実から生じる納税義務の内容を納税者の不利益に変更することは,憲法84条の趣旨に反するものとして違憲となることがあるというべきである。

(2)ところで,前記(1)のとおり,公布の前に完了した取引や過去の事実から生じる納税義務の内容を納税者の不利益に変更することは,憲法84条の趣旨に反するものとして違憲となることがあり得るというべきであるが,前記不利益変更のすべてが同条の趣旨に反し違憲となるとはいえない。

 なぜなら,憲法は,同法39条の遡及処罰の禁止や同法84条の租税法律主義とは異なり,租税法規の遡及適用の禁止を明文で定めていないが,このことは,憲法が,明文で定める租税法律主義(同法84条,30条)による課税の民主的統制を憲法上の絶対的要請としたのに対し,租税法規不遡及の原則による課税の予測可能性・法的安定性の保護を,租税法律主義から派生する相対的な要請としたことを示しており,租税法規不遡及の原則については,課税の民主的統制に基づく一定の制限があり得ることを許容するものといえるからである。

 また,租税は,今日では,国家の財政需要を充足するという本来の機能のほか,所得の再分配,資源の適正配分,景気の調整等の諸機能をも有しており,国民の租税負担を定めるについて,財政,経済,社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく,課税要件等を定めるについても極めて専門技術的な判断を必要とする。したがって,租税法の定立については,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断にゆだねるほかはなく,裁判所は基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきであり(最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁),このことは,租税法規の適用時期についても当てはまるものである。

 以上からすれば,納税者に不利益な租税法規の遡及適用であっても,遡及適用することに合理性があるときは,憲法84条の趣旨に反し違憲となるものではないというべきである。

(3)そして,前記(2)で述べたところによれば,納税者に不利益な遡及適用に合理性があって,憲法84条の趣旨に反しないものといえるかは,①遡及の程度(法的安定性の侵害の程度),②遡及適用の必要性,③予測可能性の有無,程度,④遡及適用による実体的不利益の程度,⑤代償的措置の有無,内容等を総合的に勘案して判断されるべきである(財産権の遡及的制約に関する最高裁昭和53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁参照)。

 

(2)以上の検討によれば,本件改正法は,①期間税について,暦年途中の法改正によってその暦年における行為に改正法を遡及適用するものであって,既に成立した納税義務の内容を不利益に変更する場合と比較して,遡及の程度は限定されており,予測可能性や法的安定性を大きく侵害するものではなく,②土地建物等の長期譲渡所得における損益通算の廃止は,分離課税の対象となる土地建物等の譲渡所得の課税において,利益が生じた場合には比例税率の分離課税とされ,損失が生じた場合には総合課税の対象となる他の所得の金額から控除することができるという不均衡な制度を改めるものであり,税率の引下げ及び長期譲渡所得の特別控除の廃止と一体として実施することにより,土地市場における使用収益に応じた適切な価格形成の実現による土地市場の活性化,土地価格の安定化を政策目的とするものであって,この目的を達成するためには,損益通算目的の駆け込み的な不動産売却を防止する必要があるし,年度途中からの実施は徴税の混乱を招く等のおそれもあるから,遡及適用の必要性は高く,③本件改正の内容について国民が知り得た時期は本件改正が適用される2週間前であり,その周知の程度には限界があったことは否定できないものの,ある程度の周知はされており,本件改正が納税者において予測可能性が全くなかったとはいえず,④納税者に与える経済的不利益の程度は少なくないにしても,⑤居住用財産の買換え等について合理的な代償措置が一定程度講じられており,これらの事情を総合的に勘案すると,本件改正法の成立前である平成16年1月1日以後の土地建物等の譲渡について新措置法31条を適用する本件改正附則27条1項は,憲法84条の趣旨に反するものとはいえないというべきである。したがって,本件改正附則27条1項が違憲無効であるとはいえない。

百選89事件 広島市暴走族追放条例事件判決(最三判平成19年9月18日)

 なるほど,本条例は,暴走族の定義において社会通念上の暴走族以外の集団が含まれる文言となっていること,禁止行為の対象及び市長の中止・退去命令の対象も社会通念上の暴走族以外の者の行為にも及ぶ文言となっていることなど,規定の仕方が適切ではなく,本条例がその文言どおりに適用されることになると,規制の対象が広範囲に及び,憲法21条1項及び31条との関係で問題があることは所論のとおりである。しかし,本条例19条が処罰の対象としているのは,同17条の市長の中止・退去命令に違反する行為に限られる。そして,本条例の目的規定である1条は,「暴走行為,い集,集会及び祭礼等における示威行為が,市民生活や少年の健全育成に多大な影響を及ぼしているのみならず,国際平和文化都市の印象を著しく傷つけている」存在としての「暴走族」を本条例が規定する諸対策の対象として想定するものと解され,本条例5条,6条も,少年が加入する対象としての「暴走族」を想定しているほか,本条例には,暴走行為自体の抑止を眼目としている規定も数多く含まれている。また,本条例の委任規則である本条例施行規則3条は,「暴走,騒音,暴走族名等暴走族であることを強調するような文言等を刺しゅう,印刷等をされた服装等」の着用者の存在(1号),「暴走族名等暴走族であることを強調するような文言等を刺しゅう,印刷等をされた旗等」の存在(4号),「暴走族であることを強調するような大声の掛合い等」(5号)を本条例17条の中止命令等を発する際の判断基準として挙げているこのような本条例の全体から読み取ることができる趣旨,さらには本条例施行規則の規定等を総合すれば,本条例が規制の対象としている「暴走族」は,本条例2条7号の定義にもかかわらず,暴走行為を目的として結成された集団である本来的な意味における暴走族の外には,服装,旗,言動などにおいてこのような暴走族に類似し社会通念上これと同視することができる集団に限られるものと解され,したがって,市長において本条例による中止・退去命令を発し得る対象も,被告人に適用されている「集会」との関係では,本来的な意味における暴走族及び上記のようなその類似集団による集会が,本条例16条1項1号,17条所定の場所及び態様で行われている場合に限定されると解される

 そして,このように限定的に解釈すれば,本条例16条1項1号,17条,19条の規定による規制は,広島市内の公共の場所における暴走族による集会等が公衆の平穏を害してきたこと,規制に係る集会であっても,これを行うことを直ちに犯罪として処罰するのではなく,市長による中止命令等の対象とするにとどめ,この命令に違反した場合に初めて処罰すべきものとするという事後的かつ段階的規制によっていること等にかんがみると,その弊害を防止しようとする規制目的の正当性,弊害防止手段としての合理性,この規制により得られる利益と失われる利益との均衡の観点に照らし,いまだ憲法21条1項,31条に違反するとまではいえないことは,最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁,最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁の趣旨に徴して明らかである。

メイプルソープ事件(最三判平成20年2月19日) 

 関税定率法21条1項4号に掲げる貨物に関する税関検査が憲法21条2項前段にいう「検閲」に当たらないこと,税関検査によるわいせつ表現物の輸入規制が同条1項の規定に違反しないこと,関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等とは,わいせつな書籍,図画等を指すものと解すべきであり,上記規定が広はん又は不明確のゆえに違憲無効といえないことは,当裁判所の判例最高裁昭和57年(行ツ)第156号同59年12月12日大法廷判決・民集38巻12号1308頁)とするところであり,我が国において既に頒布され,販売されているわいせつ表現物を税関検査による輸入規制の対象とすることが憲法21条1項の規定に違反するものではないことも,上記大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。

 これらの諸点を総合すれば,本件写真集は,本件通知処分当時における一般社会の健全な社会通念に照らして,関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当するものとは認められないというべきである。