Pacta Sunt Servanda

「合意は拘束する」自分自身の学修便宜のため、備忘録ないし知識まとめのブログです。 ブログの性質上、リプライは御期待に沿えないことがあります。記事内容の学術的な正確性は担保致しかねます。 判決文は裁判所ホームページから引用してますが、記事の中ではその旨の言及は割愛いたします。

百選144事件 全逓東京中郵事件(最大判昭和41年10月26日)

 上告趣意は、公労法一七条一項の規定が憲法二八条および一八条に違反して無効であるという。しかし、右の規定が憲法の右の法条に違反するものでないことは、すでに当裁判所の判例とするところであり(前者については、昭和二六年(あ)第一六八八号同三〇年六月二二日大法廷判決、刑集九巻八号一一八九頁、後者については、昭和二四年(れ)第六八五号同二八年四月八日大法廷判決、刑集七巻四号七七五頁)、公労法一七条一項の規定が違憲でないとする結論そのものについては、今日でも変更の必要を認めない。その理由をすこし詳しく述べると、つぎのとおりである。

 憲法二八条の保障する労働基本権は、さきに述べたように、何らの制約も許されない絶対的なものではなく、国民生活全体の利益の保障という見地からの制約を当然に内包しているものと解すべきである。いわゆる現業および三公社の職員の行なう業務は、多かれ少なかれ、また、直接と間接との相違はあつても、等しく国民生活全体の利益と密接な関連を有するものであり、その業務の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあることは疑いをいれない。他の業務はさておき、本件の郵便業務についていえば、その業務が独占的なものであり、かつ、国民生活全体との関連性がきわめて強いから、業務の停廃は国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるなど、社会公共に及ぼす影響がきわめて大きいことは多言を要しない。それ故に、その業務に従事する郵政職員に対してその争議行為を禁止する規定を設け、その禁止に違反した者に対して不利益を課することにしても、その不利益が前に述べた基準に照らして必要な限度をこえない合理的なものであるかぎり、これを違憲懸無効ということはてきない

 この観点から公労法一七条一項の定める争議行為の禁止の違反に対する制裁をみるに、公労法一八条は、同一七条に違反する行為をした職員は解雇されると規定し、同三条は、公共企業体等の職員に関する労働関係について、労組法の多くの規定を適用することとしながら、労働組合または組合員の損害賠償責任に関する労組法八条の規定をとくに除外するとしている。争議行為禁止違反が違法であるというのは、これらの民事責任を免れないとの意味においてである。そうして、このような意味で争議行為を禁止することについてさえも、その代償として、右の職員については、公共企業体等との紛争に関して、公共企業体労働委員会によるあつせん、調停および仲裁の制度を設け、ことに、公益委員をもつて構成される仲裁委員会のした仲裁裁定は、労働協約と同一の効力を有し、当事者双方を拘束するとしている。そうしてみれば、公労法一七条一項に違反した者に対して、右のような民事責任を伴う争議行為の禁止をすることは、憲法二八条、一八条に違反するものでないこと疑いをいれない。

七 具体的に本件についてみるに、第一審判決は、公訴事実に基づいて、Aら三八名の行為を郵便法七九条一項前段違反の構成要件に該当すると認定した。原判決は、前述の第二小法廷の判決に従つて、公共企業体等の職員は、公労法一七条一項によつて争議行為を禁止され、争議権自体を否定されているのであるから、もし右のような事実関係があるとすれば、その争議行為について正当性の限界いかんを論ずる余地はなく、労組法一条二項の適用はないとしている。

 しかし、本件被告人らは、本件の行為を争議行為としてしたものであることは、第一審判決の認定しているとおりであるから、Aらの行為については、さきに述べた憲法二八条および公労法一七条一項の合理的解釈に従い、労組法一条二項を適用して、はたして同条項にいう正当なものであるかいなかを具体的事実関係に照らして認定判断し、郵便法七九条一項の罪責の有無を判断しなければならないところである。したがつて、原判決の右判断は、法令の解釈適用を誤つたもので、その違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであり、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものといわなければならない。

 以上の判断に照らせば、公労法一七条一項および原判決が憲法一一条、一四条、一八条、二五条、二八条、三一条、九八条に違反する旨の各論旨は理由なきに帰する。よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、原判決を破棄し、さらに審理を尽させるために、本件を東京高等裁判所に差し戻すものとし、刑訴法四一一条一号、四一三条本文により、主文のとおり判決する。