Pacta Sunt Servanda

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行政法 原告適格の判例 その2

2 最高裁判所第一小法廷 平成21年10月15日判決  場外車券発売施設設置許可処分取消請求事件

 (1) 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである

 そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項,最高裁平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁参照)。

 (2) 上記の見地に立って,被上告人らが本件許可の取消しを求める原告適格を有するか否かについて判断する。

 ア 一般的に,場外施設が設置,運営された場合に周辺住民等が被る可能性のある被害は,交通,風紀,教育など広い意味での生活環境の悪化であって,その設置,運営により,直ちに周辺住民等の生命,身体の安全や健康が脅かされたり,その財産に著しい被害が生じたりすることまでは想定し難いところである。そして,このような生活環境に関する利益は,基本的には公益に属する利益というべきであって,法令に手掛りとなることが明らかな規定がないにもかかわらず,当然に,法が周辺住民等において上記のような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むと解するのは困難といわざるを得ない。

 イ 位置基準は,場外施設が医療施設等から相当の距離を有し,当該場外施設において車券の発売等の営業が行われた場合に文教上又は保健衛生上著しい支障を来すおそれがないことを,その設置許可要件の一つとして定めるものである。場外施設が設置,運営されることに伴う上記の支障は,基本的には,その周辺に所在する医療施設等を利用する児童,生徒,患者等の不特定多数者に生じ得るものであって,かつ,それらの支障を除去することは,心身共に健康な青少年の育成や公衆衛生の向上及び増進といった公益的な理念ないし要請と強くかかわるものである。そして,当該場外施設の設置,運営に伴う上記の支障が著しいものといえるか否かは,単に個々の医療施設等に着目して判断されるべきものではなく,当該場外施設の設置予定地及びその周辺の地域的特性,文教施設の種類・学区やその分布状況,医療施設の規模・診療科目やその分布状況,当該場外施設が設置,運営された場合に予想される周辺環境への影響等の事情をも考慮し,長期的観点に立って総合的に判断されるべき事柄である。規則が,場外施設の設置許可申請書に,敷地の周辺から1000m以内の地域にある医療施設等の位置及び名称を記載した見取図のほか,場外施設を中心とする交通の状況図及び場外施設の配置図を添付することを義務付けたのも,このような公益的見地からする総合的判断を行う上での基礎資料を提出させることにより,上記の判断をより的確に行うことができるようにするところに重要な意義があるものと解される。

 このように,法及び規則が位置基準によって保護しようとしているのは,第一次的には,上記のような不特定多数者の利益であるところ,それは,性質上,一般的公益に属する利益であって,原告適格を基礎付けるには足りないものであるといわざるを得ない。したがって,場外施設の周辺において居住し又は事業(医療施設等に係る事業を除く。)を営むにすぎない者や,医療施設等の利用者は,位置基準を根拠として場外施設の設置許可の取消しを求める原告適格を有しないものと解される。

 ウ もっとも,場外施設は,多数の来場者が参集することによってその周辺に享楽的な雰囲気や喧噪といった環境をもたらすものであるから,位置基準は,そのような環境の変化によって周辺の医療施設等の開設者が被る文教又は保健衛生にかかわる業務上の支障について,特に国民の生活に及ぼす影響が大きいものとして,その支障が著しいものである場合に当該場外施設の設置を禁止し当該医療施設等の開設者の行う業務を保護する趣旨をも含む規定であると解することができる。したがって,仮に当該場外施設が設置,運営されることに伴い,その周辺に所在する特定の医療施設等に上記のような著しい支障が生ずるおそれが具体的に認められる場合には,当該場外施設の設置許可が違法とされることもあることとなる。

 このように,位置基準は,一般的公益を保護する趣旨に加えて,上記のような業務上の支障が具体的に生ずるおそれのある医療施設等の開設者において,健全で静穏な環境の下で円滑に業務を行うことのできる利益を,個々の開設者の個別的利益として保護する趣旨をも含む規定であるというべきであるから,当該場外施設の設置,運営に伴い著しい業務上の支障が生ずるおそれがあると位置的に認められる区域に医療施設等を開設する者は,位置基準を根拠として当該場外施設の設置許可の取消しを求める原告適格を有するものと解される。そして,このような見地から,当該医療施設等の開設者が上記の原告適格を有するか否かを判断するに当たっては,当該場外施設が設置,運営された場合にその規模,周辺の交通等の地理的状況等から合理的に予測される来場者の流れや滞留の状況等を考慮して,当該医療施設等が上記のような区域に所在しているか否かを,当該場外施設と当該医療施設等との距離や位置関係を中心として社会通念に照らし合理的に判断すべきものと解するのが相当である。

 なお,原審は,場外施設の設置許可申請書に,敷地の周辺から1000m以内の地域にある医療施設等の位置及び名称を記載した見取図等を添付すべきことを義務付ける定めがあることを一つの根拠として,上記地域において医療等の事業を営む者一般に上記の原告適格を肯定している。確かに,上記見取図は,これに記載された個々の医療施設等に前記のような業務上の支障が生ずるか否かを審査する際の資料の一つとなり得るものではあるが,場外施設の設置,運営が周辺の医療施設等に対して及ぼす影響はその周辺の地理的状況等に応じて一様ではなく,上記の定めが上記地域において医療等の事業を営むすべての者の利益を個別的利益としても保護する趣旨を含むとまでは解し難いのであるから,このような地理的状況等を一切問題とすることなく,これらの者すべてに一律に上記の原告適格が認められるとすることはできないものというべきである。

 エ これを本件について見ると,前記事実関係等によれば,本件敷地の周辺において医療施設を開設する被上告人らのうち,被上告人X5は,本件敷地の周辺から800m離れた場所に医療施設を開設する者であり,本件敷地周辺の地理的状況等にかんがみると,当該医療施設が本件施設の設置,運営により保健衛生上著しい支障を来すおそれがあると位置的に認められる区域内に所在しているとは認められないから,同被上告人は,位置基準を根拠として本件許可の取消しを求める原告適格を有しないと解される。これに対し,その余の被上告人X,同X及び同X2 34(以下,併せて「被上告人Xら3名」という。)は,いずれも本件敷地の周辺から約120mないし200m離れた場所に医療施設を開設する者であり,前記の考慮要素を勘案することなく上記の原告適格を有するか否かを的確に判断することは困難というべきである。

 オ 次に,周辺環境調和基準は,場外施設の規模,構造及び設備並びにこれらの配置が周辺環境と調和したものであることをその設置許可要件の一つとして定めるものである。同基準は,場外施設の規模が周辺に所在する建物とそぐわないほど大規模なものであったり,いたずらに射幸心をあおる外観を呈しているなどの場合に,当該場外施設の設置を不許可とする旨を定めたものであって,良好な風俗環境を一般的に保護し,都市環境の悪化を防止するという公益的見地に立脚した規定と解される。同基準が,場外施設周辺の居住環境との調和を求める趣旨を含む規定であると解したとしても,そのような観点からする規制は,基本的に,用途の異なる建物の混在を防ぎ都市環境の秩序ある整備を図るという一般的公益を保護する見地からする規制というべきである。また,「周辺環境と調和したもの」という文言自体,甚だ漠然とした定めであって,位置基準が上記のように限定的要件を明確に定めているのと比較して,そこから,場外施設の周辺に居住する者等の具体的利益を個々人の個別的利益として保護する趣旨を読み取ることは困難といわざるを得な い。

 したがって,被上告人らは,周辺環境調和基準を根拠として本件許可の取消しを求める原告適格を有するということはできないというべきである。

 他に,被上告人X ら3名を除く被上告人らにおいて本件許可の取消しを求める 2原告適格を有すると認めるに足りる事情は存在しないから,これらの被上告人らは,本件許可の取消しを求める原告適格を有しないものと解される。