Pacta Sunt Servanda

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百選139事件 学生無年金障害者訴訟(最二判平成19年9月28日)

第1 上告代理人新井章ほかの上告理由第1点,第4点のうち昭和60年改正前の法7条2項8号,平成元年改正前の法7条1項1号イの規定等の憲法14条及び25条違反をいう部分について

1 法30条1項1号は,障害基礎年金(昭和60年改正前は障害年金。以下,上記の障害基礎年金と障害年金を「障害基礎年金等」という。)につき,傷病の初診日において国民年金の被保険者であることを受給要件として定めている。

 法は,原則として,日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者につき,当然に国民年金の被保険者となるものとしている(昭和60年改正前の法7条1項,法7条1項1号。いわゆる強制加入。以下,強制加入による被保険者を「強制加入被保険者」という。)が,平成元年改正前の法は,このうちの高等学校の生徒,大学の学生など所定の生徒又は学生(ただし,定時制の課程,通信制の課程又は夜間の学部等に在学する生徒又は学生を除く。以下「20歳以上の学生」という。)につき,その例外とし(昭和60年改正前の法7条2項8号,平成元年改正前の法7条1項1号イ。以下,これらの規定を「強制加入例外規定」という。),本人の都道府県知事への申出によって国民年金の被保険者となることのできる任意加入を認めていた(昭和60年改正前の法附則6条1項,平成元年改正前の法附則5条1項1号)。

 また,法は,強制加入被保険者に対しては,保険料納付義務の免除に関する規定(法89条,平成12年改正前の法90条。以下,これらの規定を「保険料免除規定」という。)を設け,これによる免除を受けた者に対しても所定の要件の下で障害基礎年金等を支給することとしている(昭和60年改正前の法30条1項1号,昭和60年法律第34号附則20条1項,法30条1項ただし書)が,任意加入により国民年金の被保険者となった者(以下「任意加入被保険者」という。)については,保険料免除規定の適用を認めず(昭和60年改正前の法附則6条6項,平成12年改正前の法附則5条10項),任意加入被保険者は,保険料を滞納し所定の期限までに納付しないときは,被保険者の資格を喪失することとしている(昭和60年改正前の法附則6条5項4号,法附則5条6項4号)。

 このため,平成元年改正前の法の下においては,20歳以上の学生は,国民年金に任意加入して保険料を納付していない限り,傷病により障害の状態にあることとなっても,初診日において国民年金の被保険者でないため障害基礎年金等の支給を受けることができない。また,保険料負担能力のない20歳以上60歳未満の者のうち20歳以上の学生とそれ以外の者との間には,上記の国民年金への加入に関する取扱いの区別及びこれに伴う保険料免除規定の適用に関する区別(以下,これらを併せて「加入等に関する区別」という。)によって,障害基礎年金等の受給に関し差異が生じていたことになる。

2 国民年金制度は,憲法25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障上の制度であるところ,同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は,立法府の広い裁量にゆだねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。もっとも,同条の趣旨にこたえて制定された法令において受給権者の範囲,支給要件等につき何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いをするときは別に憲法14条違反の問題を生じ得ることは否定し得ないところである最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)。

3 国民年金制度は,老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止することを目的とし,被保険者の拠出した保険料を基として年金給付を行う保険方式を制度の基本とするものであり(法1条,87条),雇用関係等を前提とする厚生年金保険法等の被用者年金各法の適用対象となっていない者(農林漁業従事者,自営業者等)を対象とする年金制度として創設されたことから,強制加入被保険者の範囲を,就労し保険料負担能力があると一般に考えられる年齢によって定めることとし,他の公的年金制度との均衡等をも考慮して,原則として20歳以上60歳未満の者としたものである(昭和60年改正前の法7条1項)。そして,国民共通の基礎年金制度を導入し被用者年金各法の被保険者等をも国民年金の強制加入被保険者とすることとした昭和60年改正においても,第1号被保険者(平成元年改正前の法7条1項1号)の範囲を原則として上記の年齢によって定めることとしたものである。

 学生(高等学校等の生徒を含む。以下同じ。)は,夜間の学部等に在学し就労しながら教育を受ける者を除き,一般的には,20歳に達した後も稼得活動に従事せず,収入がなく,保険料負担能力を有していない。また,20歳以上の者が学生である期間は,多くの場合,数年間と短く,その間の傷病により重い障害の状態にあることとなる一般的な確率は低い上に,多くの者は卒業後は就労し,これに伴い,平成元年改正前の法の下においても,被用者年金各法等による公的年金の保障を受けることとなっていたものである。一方,国民年金の保険料は,老齢年金(昭和60年改正後は老齢基礎年金)に重きを置いて,その適正な給付と保険料負担を考慮して設定されており,被保険者が納付した保険料のうち障害年金(昭和60年改正後は障害基礎年金)の給付費用に充てられることとなる部分はわずかであるところ,20歳以上の学生にとって学生のうちから老齢,死亡に備える必要性はそれほど高くはなく,専ら障害による稼得能力の減損の危険に備えるために国民年金の被保険者となることについては,保険料納付の負担に見合う程度の実益が常にあるとまではいい難い。さらに,保険料納付義務の免除の可否は連帯納付義務者である被保険者の属する世帯の世帯主等(法88条2項)による保険料の納付が著しく困難かどうかをも考慮して判断すべきものとされていること(平成12年改正前の法90条1項ただし書)などからすれば,平成元年改正前の法の下において,学生を強制加入被保険者として一律に保険料納付義務を負わせ他の強制加入被保険者と同様に免除の可否を判断することとした場合,親などの世帯主に相応の所得がある限り,学生は免除を受けることができず,世帯主が学生の学費,生活費等の負担に加えて保険料納付の負担を負うこととなる。

 他方,障害者については障害者基本法等による諸施策が講じられており,生活保護法に基づく生活保護制度も存在している。

 これらの事情からすれば,平成元年改正前の法が,20歳以上の学生の保険料負担能力,国民年金に加入する必要性ないし実益の程度,加入に伴い学生及び学生の属する世帯の世帯主等が負うこととなる経済的な負担等を考慮し,保険方式を基本とする国民年金制度の趣旨を踏まえて,20歳以上の学生を国民年金の強制加入被保険者として一律に保険料納付義務を課すのではなく,任意加入を認めて国民年金に加入するかどうかを20歳以上の学生の意思にゆだねることとした措置は,著しく合理性を欠くということはできず,加入等に関する区別が何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いであるということもできない

 確かに,加入等に関する区別によって,前記のとおり,保険料負担能力のない20歳以上60歳未満の者のうち20歳以上の学生とそれ以外の者との間に障害基礎年金等の受給に関し差異が生じていたところではあるが,いわゆる拠出制の年金である障害基礎年金等の受給に関し保険料の拠出に関する要件を緩和するかどうか,どの程度緩和するかは,国民年金事業の財政及び国の財政事情にも密接に関連する事項であって,立法府は,これらの事項の決定について広範な裁量を有するというべきであるから,上記の点は上記判断を左右するものとはいえない。

 そうすると,平成元年改正前の法における強制加入例外規定を含む20歳以上の学生に関する上記の措置及び加入等に関する区別並びに立法府が平成元年改正前において20歳以上の学生について国民年金の強制加入被保険者とするなどの所論の措置を講じなかったことは,憲法25条,14条1項に違反しない

 以上は,前記大法廷判決及び最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

第2 同第2点,第4点のうち20歳以上の学生に対し無拠出制の年金を支給する旨の規定を設けるなどの措置を講じなかった立法不作為の憲法14条及び25条違反をいう部分について

1 法30条の4(昭和60年改正前の法57条)は,傷病の初診日において20歳未満であった者が,障害認定日以後の20歳に達した日において所定の障害の状態にあるとき等には,その者(以下「20歳前障害者」という。)に対し,障害の状態の程度に応じて,いわゆる無拠出制の障害基礎年金(昭和60年改正前は障害福祉年金。以下,上記の障害基礎年金と障害福祉年金を「20歳前障害者に対する障害基礎年金等」という。)を支給する旨を定めている。

 国民年金の被保険者資格を取得する年齢である20歳に達する前に疾病にかかり又は負傷し,これによって重い障害の状態にあることとなった者については,その後の稼得能力の回復がほとんど期待できず,所得保障の必要性が高いが,保険原則の下では,このような者は,原則として,給付を受けることができない20歳前障害者に対する障害基礎年金等は,このような者にも一定の範囲で国民年金制度の保障する利益を享受させるべく,同制度が基本とする拠出制の年金を補完する趣旨で設けられた無拠出制の年金給付である。

2 無拠出制の年金給付の実現は,国民年金事業の財政及び国の財政事情に左右されるところが大きいこと等にかんがみると,立法府は,保険方式を基本とする国民年金制度において補完的に無拠出制の年金を設けるかどうか,その受給権者の範囲,支給要件等をどうするかの決定について,拠出制の年金の場合に比べて更に広範な裁量を有しているというべきである。また,20歳前障害者は,傷病により障害の状態にあることとなり稼得能力,保険料負担能力が失われ又は著しく低下する前は,20歳未満であったため任意加入も含めおよそ国民年金の被保険者となることのできない地位にあったのに対し,初診日において20歳以上の学生である者は,傷病により障害の状態にあることとなる前に任意加入によって国民年金の被保険者となる機会を付与されていたものである。これに加えて,前記のとおり,障害者基本法生活保護法等による諸施策が講じられていること等をも勘案すると,平成元年改正前の法の下において,傷病により障害の状態にあることとなったが初診日において20歳以上の学生であり国民年金に任意加入していなかったために障害基礎年金等を受給することができない者に対し,無拠出制の年金を支給する旨の規定を設けるなどの所論の措置を講じるかどうかは,立法府の裁量の範囲に属する事柄というべきであって,そのような立法措置を講じなかったことが,著しく合理性を欠くということはできない。また,無拠出制の年金の受給に関し上記のような20歳以上の学生と20歳前障害者との間に差異が生じるとしても,両者の取扱いの区別が,何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いであるということもできない。そうすると,上記の立法不作為が憲法25条,14条1項に違反するということはできない。

 以上は,前記各大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,論旨は採用することができない。