Pacta Sunt Servanda

「合意は拘束する」自分自身の学修便宜のため、備忘録ないし知識まとめのブログです。 ブログの性質上、リプライは御期待に沿えないことがあります。記事内容の学術的な正確性は担保致しかねます。 判決文は裁判所ホームページから引用してますが、記事の中ではその旨の言及は割愛いたします。

所得税更正処分取消請求事件(福岡高判平成20年10月21日)

 納税者は,現在妥当している租税法規に依拠しつつ,現在の法規に従って課税が行われることを信頼しながら各種の取引を行うのであるから,後になってその信頼を裏切ることは,憲法84条が定める租税法律主義が狙いとする一般国民の生活における予測可能性,法的安定性を害することになり,同条の趣旨に反する。したがって,公布の前に完了した行為や過去の事実から生じる納税義務の内容を納税者の不利益に変更することは,憲法84条の趣旨に反するものとして違憲となることがあるというべきである。

(2)ところで,前記(1)のとおり,公布の前に完了した取引や過去の事実から生じる納税義務の内容を納税者の不利益に変更することは,憲法84条の趣旨に反するものとして違憲となることがあり得るというべきであるが,前記不利益変更のすべてが同条の趣旨に反し違憲となるとはいえない。

 なぜなら,憲法は,同法39条の遡及処罰の禁止や同法84条の租税法律主義とは異なり,租税法規の遡及適用の禁止を明文で定めていないが,このことは,憲法が,明文で定める租税法律主義(同法84条,30条)による課税の民主的統制を憲法上の絶対的要請としたのに対し,租税法規不遡及の原則による課税の予測可能性・法的安定性の保護を,租税法律主義から派生する相対的な要請としたことを示しており,租税法規不遡及の原則については,課税の民主的統制に基づく一定の制限があり得ることを許容するものといえるからである。

 また,租税は,今日では,国家の財政需要を充足するという本来の機能のほか,所得の再分配,資源の適正配分,景気の調整等の諸機能をも有しており,国民の租税負担を定めるについて,財政,経済,社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく,課税要件等を定めるについても極めて専門技術的な判断を必要とする。したがって,租税法の定立については,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断にゆだねるほかはなく,裁判所は基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきであり(最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁),このことは,租税法規の適用時期についても当てはまるものである。

 以上からすれば,納税者に不利益な租税法規の遡及適用であっても,遡及適用することに合理性があるときは,憲法84条の趣旨に反し違憲となるものではないというべきである。

(3)そして,前記(2)で述べたところによれば,納税者に不利益な遡及適用に合理性があって,憲法84条の趣旨に反しないものといえるかは,①遡及の程度(法的安定性の侵害の程度),②遡及適用の必要性,③予測可能性の有無,程度,④遡及適用による実体的不利益の程度,⑤代償的措置の有無,内容等を総合的に勘案して判断されるべきである(財産権の遡及的制約に関する最高裁昭和53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁参照)。

 

(2)以上の検討によれば,本件改正法は,①期間税について,暦年途中の法改正によってその暦年における行為に改正法を遡及適用するものであって,既に成立した納税義務の内容を不利益に変更する場合と比較して,遡及の程度は限定されており,予測可能性や法的安定性を大きく侵害するものではなく,②土地建物等の長期譲渡所得における損益通算の廃止は,分離課税の対象となる土地建物等の譲渡所得の課税において,利益が生じた場合には比例税率の分離課税とされ,損失が生じた場合には総合課税の対象となる他の所得の金額から控除することができるという不均衡な制度を改めるものであり,税率の引下げ及び長期譲渡所得の特別控除の廃止と一体として実施することにより,土地市場における使用収益に応じた適切な価格形成の実現による土地市場の活性化,土地価格の安定化を政策目的とするものであって,この目的を達成するためには,損益通算目的の駆け込み的な不動産売却を防止する必要があるし,年度途中からの実施は徴税の混乱を招く等のおそれもあるから,遡及適用の必要性は高く,③本件改正の内容について国民が知り得た時期は本件改正が適用される2週間前であり,その周知の程度には限界があったことは否定できないものの,ある程度の周知はされており,本件改正が納税者において予測可能性が全くなかったとはいえず,④納税者に与える経済的不利益の程度は少なくないにしても,⑤居住用財産の買換え等について合理的な代償措置が一定程度講じられており,これらの事情を総合的に勘案すると,本件改正法の成立前である平成16年1月1日以後の土地建物等の譲渡について新措置法31条を適用する本件改正附則27条1項は,憲法84条の趣旨に反するものとはいえないというべきである。したがって,本件改正附則27条1項が違憲無効であるとはいえない。