Pacta Sunt Servanda

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白山比め神社御鎮座二千百年式年大祭奉賛会損害賠償請求事件(最高裁平成22年7月22日)

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 本件神社は,全国に多数存在する白山神社の総社として市内に所在する神社であり,宗教法人である。本件神社は,古来からその存在が知られており,例年多数の初詣の参詣客が訪れるとともに,平素に訪れる参詣客等も相当多数に上っている。また,本件神社が所在する白山周辺地域については,その観光資源の保護開発及び観光諸施設の整備を目的とする財団法人B協会が設けられている。

(2) 本件神社では,鎮座2100年を記念して,平成20年10月に5日間にわたり御鎮座二千百年式年大祭(以下「本件大祭」という。)が行われることとなり,同17年,本件大祭に係る諸事業の奉賛を目的とする団体として同大祭奉賛会(以下「奉賛会」という。)が発足した。奉賛会の規約では,上記の目的が掲げられたほか,事業内容として,本件大祭の斎行,本件神社の諸施設の工事等が挙げられていた。

(3) 平成17年6月,市内の一般の施設である「C」で開かれた奉賛会の発会式(以下「本件発会式」という。)に,当時市長の職にあったDは来賓として招かれ,職員の運転する公用車を使って出席し,祝辞を述べた。本件発会式の式次第は,開会の辞,会長あいさつ,来賓祝辞,役員紹介,来賓紹介,事業計画説明,宮司御礼の言葉,乾杯及びあいさつ並びに閉会の辞というものであり,関係者約120名が出席し,約40分ほどで終了した。

(4) 市の主務課長は,専決により,本件発会式への上記出席に伴う勤務に係る部分を含む上記運転職員の時間外勤務手当につき支出命令をし,当該手当の支出がされた。

3 原審は,上記事実関係等の下において次のとおり判断し,被上告人の請求を一部認容した。

 奉賛会の事業は,本件神社の宗教上の祭祀である本件大祭を奉賛する宗教活動であり,本件発会式は,上記宗教活動を遂行するために,その意思を確認し合い,奉賛会の発足と活動の開始を宣明する目的で開催されたものである。そして,その当時市長の職にあったDが本件発会式に出席して祝辞を述べた行為は,上記宗教活動につき賛同,賛助及び祝賀の趣旨を表明し,ひいては本件神社の宗教上の祭祀である本件大祭を奉賛し祝賀する趣旨を表明したものと解されるから,市長としての社会的儀礼の範囲を逸脱している。したがって,その当時市長の職にあった同人の上記行為は,その目的が宗教的意義を持ち,かつ,その効果が特定の宗教に対する援助,助長,促進になる行為であり,憲法20条3項の禁止する宗教的活動に当たり,前記時間外勤務手当のうち上記行為に伴う部分の支出は違法である。そして,その当時市長の職にあった同人は,当該支出を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失によりこれを阻止しなかったものとして,市に対し,上記支出相当額の損害を賠償する義務を負う。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 前記事実関係等によれば,本件大祭は本件神社の鎮座2100年を記念する宗教上の祭祀であり,本件発会式は本件大祭に係る諸事業の奉賛を目的とする奉賛会の発会に係る行事であるから,これに出席して祝辞を述べる行為が宗教とのかかわり合いを持つものであることは否定し難い

 他方で,前記事実関係等によれば,本件神社には多数の参詣客等が訪れ,その所在する白山周辺地域につき観光資源の保護開発及び観光諸施設の整備を目的とする財団法人が設けられるなど,地元にとって,本件神社は重要な観光資源としての側面を有していたものであり,本件大祭は観光上重要な行事であったというべきである。奉賛会は,このような性質を有する行事としての本件大祭に係る諸事業の奉賛を目的とする団体であり,その事業自体が観光振興的な意義を相応に有するものであって,その発会に係る行事としての本件発会式も,本件神社内ではなく,市内の一般の施設で行われ,その式次第は一般的な団体設立の式典等におけるものと変わらず,宗教的儀式を伴うものではなかったものである。そして,Dはこのような本件発会式に来賓である地元の市長として招かれ,出席して祝辞を述べたものであるところ,その祝辞の内容が,一般の儀礼的な祝辞の範囲を超えて宗教的な意味合いを有するものであったともうかがわれない。

 そうすると,当時市長の職にあったDが本件発会式に出席して祝辞を述べた行為は,市長が地元の観光振興に尽力すべき立場にあり,本件発会式が上記のような観光振興的な意義を相応に有する事業の奉賛を目的とする団体の発会に係る行事であることも踏まえ,このような団体の主催する当該発会式に来賓として招かれたのに応じて,これに対する市長としての社会的儀礼を尽くす目的で行われたものであり,宗教的色彩を帯びない儀礼的行為の範囲にとどまる態様のものであって,特定の宗教に対する援助,助長,促進になるような効果を伴うものでもなかったというべきである。したがって,これらの諸事情を総合的に考慮すれば,Dの上記行為は,宗教とのかかわり合いの程度が,我が国の社会的,文化的諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとは認められず,憲法上の政教分離原則及びそれに基づく政教分離規定に違反するものではないと解するのが相当である。

 以上の点は,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和46年(行ツ)第69号同52年7月13日判決・民集31巻4号533頁,最高裁平成4年(行ツ)第156号同9年4月2日判決・民集51巻4号1673頁,最高裁平成19年(行ツ)第260号同22年1月20日判決・民集64巻1号登載予定等)の趣旨に徴して明らかというべきである。

5 以上によれば,これと異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして,前記説示によれば,上記部分に関する被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分につき被上告人の控訴を棄却すべきである。