Pacta Sunt Servanda

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自治会費と思想の自由(大阪高判平成19年8月24日)

二 ところで、本件決議に係る増額分の年会費二〇〇〇円は、本件各会への募金及び寄付金に充てるために集金され、集金後その年度内に本件各会に募金及び寄付金として支払われることが予定されていたものである。しかし、募金及び寄付金は、その性格からして、本来これを受け取る団体等やその使途いかんを問わず、すべて任意に行われるべきものであり、何人もこれを強制されるべきものではない。上記一(2)のとおり、本件決議がなされる以前の被控訴人の会員の本件各会に対する募金及び寄付金に対する態度は一様ではなく、本件各会ごとに見ると、集金に協力した世帯は全世帯の半数程度以下であり、しかも本件各会ごとに募金及び寄付金を拠出するかどうか対応を異にする会員もいたことが窺われる。このように、従前募金及び寄付金の集金に協力しない会員も多く、本件各会ごとに態度を異にする会員がいる中で、班長や組長の集金の負担の解消を理由に、これを会費化して一律に協力を求めようとすること自体、被控訴人の団体の性格からして、様々な価値観を有する会員が存在することが予想されるのに、これを無視するものである上、募金及び寄付金の趣旨にも反するものといわざるを得ない。また、少額とはいえ、経済状態によっては、義務的な会費はともかく、募金及び寄付金には一切応じない、応じられない会員がいることも容易に想像することができるところである。学校後援会費については、会員の子弟が通学しているかどうかによって、協力の有無及び程度が当然異なるものと考えられる募金及び寄付金に応じるかどうか、どのような団体等又は使途について応じるかは、各人の属性、社会的・経済的状況等を踏まえた思想、信条に大きく左右されるものであり、仮にこれを受ける団体等が公共的なものであっても、これに応じない会員がいることは当然考えられるから、会員の募金及び寄付金に対する態度、決定は十分尊重されなければならない

 したがって、そのような会員の態度、決定を十分尊重せず、募金及び寄付金の集金にあたり、その支払を事実上強制するような場合には、思想、信条の自由の侵害の問題が生じ得るもっとも、思想、信条の自由について規定する憲法一九条は、私人間の問題に当然適用されるものとは解されないが、上記事実上の強制の態様等からして、これが社会的に許容される限度を超えるときには、思想、信条の自由を侵害するものとして、民法九〇条の公序良俗違反としてその効力を否定される場合があり得るというべきである。

 本件決議は、本件各会に対する募金及び寄付金を一括して一律に会費として徴収し、その支払をしようとするものであるから、これが強制を伴うときは、会員に対し、募金及び寄付金に対する任意の意思決定の機会を奪うものとなる。なお、被控訴人は、本件各会に対する募金及び寄付金を会費の一部として集金しようとするものであるが、本件決議に至る経緯からして、これは名目上及び徴収の都合上のことにすぎず、実質は募金及び寄付金を徴収し、これをそのまま本件各会に支出することを予定していたものであって、被控訴人の本件各会に対する募金及び寄付金の支出と会員からの集金とは、その名目にかかわらず、その関係は直接的かつ具体的であるということができる。

 次に、被控訴人は、前記第二の二(2)のとおり、強制加入団体ではないものの対象区域内の全世帯の約八八・六パーセント、九三九世帯が加入する地縁団体であり、その活動は、市等の公共機関からの配布物の配布、災害時等の協力、清掃、防犯、文化等の各種行事、集会所の提供等極めて広範囲に及んでおり、地域住民が日常生活を送る上において欠かせない存在であること、被控訴人が、平成一六年五月ころ、自治会未加入者に対しては、(1)甲南町からの配布物を配布しない、(2)災害、不幸などがあった場合、協力は一切しない、(3)今後新たに設置するごみ集積所やごみステーションを利用することはできないという対応をすることを三役会議で決定していることからすると、会員の脱退の自由は事実上制限されているものといわざるを得ない。

 そして、控訴人において、本件決議に基づき、募金及び寄付金を一律に会費として徴収するときは、これが会員の義務とされていることからして、これを納付しなければ強制的に履行させられたり、不納付を続ければ、被控訴人からの脱退を余儀なくされるおそれがあるというべきである。これに関し、《証拠略》には、会費の不納付者に対しても、脱退を求めず、会員として取り扱っている旨の記載がある。しかし、上記証拠によっても、会費については、不納付扱いではなく保留扱いとしているのであって、いわば徴収の猶予をしているにすぎないから、現在このような扱いがなされているからといって、将来も(裁判終了後も)脱退を余儀なくされるおそれがないとはいえない。  そうすると、本件決議に基づく増額会費名目の募金及び寄付金の徴収は、募金及び寄付金に応じるか否か、どの団体等になすべきか等について、会員の任意の態度、決定を十分尊重すべきであるにもかかわらず、会員の生活上不可欠な存在である地縁団体により、会員の意思、決定とは関係なく一律に、事実上の強制をもってなされるものであり、その強制は社会的に許容される限度を超えるものというべきである。

 したがって、このような内容を有する本件決議は、被控訴人の会員の思想、信条の自由を侵害するものであって、公序良俗に反し無効というべきである。