Pacta Sunt Servanda

「合意は拘束する」自分自身の学修便宜のため、備忘録ないし知識まとめのブログです。 ブログの性質上、リプライは御期待に沿えないことがあります。記事内容の学術的な正確性は担保致しかねます。 判決文は裁判所ホームページから引用してますが、記事の中ではその旨の言及は割愛いたします。

百選150事件 国労広島地本事件(最三判昭和50年11月28日)

 労働組合の規約により組合員の納付すべき組合費が月を単位として月額で定められている場合には、組合員が月の途中で組合から脱退したときでも、特別の規定又は慣行等のない限り、その月の組合費の全額を納付する義務を免れないものというべきであり、所論のように脱退した日までの分を日割計算によつて納付すれば足りると解することはできない。したがつて、右特別の規定又は慣行等のない本件では、上告人らは脱退した月の組合費の全額を納付する義務があるとした原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

 論旨は、要するに、たとえ闘争の一部にせよ違法な争議行為が含まれている以上、その闘争全体を違法でないとすることはできず、そのための資金の徴収決議は公序良俗に違反するものというべきであつて、その効力を認めた原判決には憲法二八条、二九条、民法九〇条の解釈適用を誤つた違法がある、と主張する。

 二 ところで、公労法一七条一項は、公共企業体等の行う事業の公益性にかんがみ、公共の福祉のために、その職員及び組合の争議権の行使に対して特に制限を加えた政策的規定であつて、これに違反した職員が同法一八条により解雇されることなどがあるのはともかく、禁止違反の争議行為であるというだけで、直ちにそれを著しく反社会性、反道徳性を帯びるものであるとすることはできない。また、原審の確定した事実関係に徴しても、本件闘争の態様が公序良俗に違反するほどのものであつたとは認めがたい。それゆえ、右闘争のための資金の徴収決議をもつて公序良俗違反を目的とするものであるとの所論は、採用することができない。

 三 しかしながら、労働組合において、組合のする決議がいかなる範囲で組合員を拘束し、それに対する組合員の協力を強制することができるかについては、更に検討しなければならない。思うに、労働組合の組合員は、組合がその目的を達成するために行う団体活動に参加することを予定してこれに加入するものであり、また、これから脱退する自由も認められているのであるから、右目的に即した合理的な範囲において組合の統制に服すべきことは、当然である。したがつて、労働組合の決定した活動がその目的と関連性をもつものである限り、たとえ個人的にはそれに反対の組合員であつても、原則としてはその決定に拘束され、そこで定められた活動に参加し、また、その活動を妨害するような行為を避止する義務を負うとともに、右活動の経済的基礎をなす組合費を納付する義務(以下これらの義務を「協力義務」という。)を免れないというべきであるが、他方、労働組合の活動が多様化するにつれて、組合による統制の範囲も拡大し、組合員が一個の市民又は人間として有する自由や権利と矛盾衝突する場合が増大し、しかも今日の社会的条件のもとでは、組合に加入していることが労働者にとつて重要な利益で、組合脱退の自由も事実上大きな制約を受けていることを考えると、労働組合の決定した活動が組合の目的と関連性を有するというだけで、そのことから直ちにこれに対する組合員の協力義務を無条件で肯定するは相当でなく、問題とされている具体的な組合活動の内容・性質、これについて組合員に求められる協力の内容・程度・態様等を比較考量し、多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和という観点から、組合の統制力とその反面としての組合員の協力義務の範囲に合理的な限定を加えることが必要である。  四 そこで、右の見地から、公労法に違反して行われる争議行為とこれに対する組合員の協力義務の関係について考察する。

 1 まず、同法違反の争議行為に対する直接の協力(争議行為への参加)については、これを組合員に強制することはできないと解すべきである。禁止違反の争議行為の実行に対して刑罰や解雇等の不利益な法的効果が結びつけられている場合に、その不利益を受忍すべきことを強いるのが不当であることはいうまでもなく、また、右のような不利益を受ける可能性がない場合でも、法律は公共の利益のために争議行為を禁止しているのであるから、組合員が一市民として法律の尊重遵守の立場をとることは、是認されるべきであり、多数決によつて違法行為の実行を強制されるべきいわれはない

 2 次に、同法違反の争議行為の費用の負担については、右費用を拠出することが当然には法の禁止に触れるものではないから、その限度で協力義務を認めても、違法行為の実行そのものを強いることになるわけではないが、違法行為を目的とする費用の拠出は違法行為の実行に対する積極的な協力にほかならず、このような協力を強制することも、原則としてやはり許されないとすべきである。もつとも、労働組合がいわゆる闘争資金を徴収するにあたり、違法な争議行為の実施をその闘争手段として掲げていても、具体的な闘争の遂行過程で実際に右争議行為をするかどうか、また、それをどの程度においてするかは、労使交渉の推移等に応じて流動変転するものであるから、資金徴収決議の時点で既に違法な争議行為を実施することが確定不動のものとして企図され、これと直接結びつけてその資金が徴収されるような場合は格別、単に将来の情況いかんによつては違法な争議行為の費用に充てられるかも知れないという程度の未必的可能性があるにとどまる場合には、その資金と違法目的との関連性がいまだ微弱であり、これを拠出することをもつて直ちに違法行為の実行に積極的に協力するものであるということはできない。したがつて、このような場合には、その資金の徴収決議に対する組合員の協力義務を否定すべき理由はない

 また、違法な争議行為の実施が確実に予定されている場合であつても、労働組合の闘争活動は、そのような争議行為だけに限らず多岐にわたるものであり、その闘争費用は一体として徴収されるのが通常であるから、そのうち違法な争議行為に充てられる費用を徴収の段階で具体的に確定することは、実際上ほとんど不可能である。この場合に、闘争活動のなかにいささかでも違法な争議行為が含まれていれば、常に闘争費用の全部につき組合員が協力義務を免れうるとすることは、違法行為に助力することを欲しない組合員の利益のみを絶対視するものであつて、先に述べた比較考量の見地からは当を得た解決とはいいがたい。組合員は基本的には組合の多数決に服することを予定してこれに加入するものであり、組合の闘争によつて獲得される有利な労働条件はすべての組合員が享受するものであることを考えると、闘争の一部において違法な争議行為が含まれているとしても、闘争全体としてはこのような違法性のない行為を主体として計画され遂行されるものであるときは、費用負担の限度においては、その全部につき組合員の協力義務を優先させても、必ずしも著しく不当の受忍を強いるものではなく、組合員はこれを納付する義務を免れないと解するのが、相当である。

 五 以上によつてみるのに、本件において原審の確定するところによれば、被上告組合が前記各臨時組合費を徴収するにあたつて指令した闘争手段のなかには、半日ストや勤務時間内の職場集会あるいはいわゆる遵法闘争等が含まれていたが、同組合が右闘争において半日ストや勤務時間内職場集会などを主な闘争手段とし、あるいは違法な争議行為を主に実行することを企図し、これを実行しないときは組合員に闘争の実行を期待しないほどにこれを重視していたものとは認められず、なお、昭和三六年の春闘においては、闘争指令に掲げられていた半日ストが全く実施されることなく闘争が収拾された、というのである。してみると、右各臨時組合費のなかに違法な争議行為の実施あるいはその結果生ずる被処分組合員の救援のための費用が含まれていたとしても、上告人らがこれを納付する義務を免れないことは、以上の説示から明らかであり、これと結論を同じくする原判決は、結局、正当として是認することができる。論旨は、ひつきよう、独自の見解又は原審の認定しない事実を前提として原判決の違憲、違法をいうものにすぎず、採用することができない。