Pacta Sunt Servanda

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百選141事件 伝習館高校事件(最一判平成2年1月18日)

三 以上の事実関係の下において、原審は、被上告人Aの前記二1(一)の日本史の授業における教科書使用状況は、それを使っての通史的授業が相当簡略になったものと認められるところから、学校教育法五一条、二一条に違反し、同(二)の日本史の考査問題の出題及びこれに応ずる授業並びに同(三)の日本史の授業は、高等学校学習指導要領(昭和三五年文部省告示第九四号。以下「本件学習指導要領」という。)第一章第二節第六款並びに第二章第二節第二款第三日本史目標及び内容に違反し、同(四)及び同(五)の各行為のうち地理Bの各考査問題の出題は、本件学習指導要領第一章第二節第六款並びに第二章第二節第二款第七地理B目標及び内容に違反し、いずれも地公法三二条に違反して同法二九条一項一、二号の懲戒事由に該当し、また、被上告人Bの前記二2(一)の政治経済の授業はほとんどが教科書でない前記資料集を使用して行われたものであるところから、このような教科書使用状況は学校教育法五一条、二一条に違反し、同(二)の考査不実施及び成績の一律評価は、学校教育法施行規則六五条一項、二七条、福岡県立高等学校学則八条、伝習館高校校内規定に違反し、いずれも地公法三二条に違反して同法二九条一項一、二号の懲戒事由に該当するが、本件各懲戒免職処分は、特に次の点について考慮すると、社会観念上著しく妥当を欠き、上告人の裁量権の範囲を逸脱したものというべきであると判断した。

 (一) 懲戒事由に該当する被上告人らの各行為の多くは、法規違反の程度が著しいものとはいえない。もっとも、被上告人Bの考査不実施及び成績の一律評価の点は、違反の程度としては高いものといえるが、注意を受けたのちの二学期以降一律評価はやめている。

 (二) 上告人が本件各懲戒免職処分の理由とした被上告人らの各行為のうち、懲戒事由に該当すると認められるものはその一部にすぎず、その余のものは懲戒事由に該当しない。

 (三) 当時の福岡県下の高等学校の生徒の政治活動及び伝習館高校の生徒の異常な行動を被上告人らが授業その他において助長したことを認めるに足る証拠はない。

 四 しかしながら、原審の右判断のうち、被上告人らの右各行為が懲戒事由に該当するとした判断は是認することができるが、本件各懲戒免職処分は社会観念上著しく妥当を欠き、上告人の裁量権の範囲を逸脱したものであるとした判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 地方公務員につき地公法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、平素から庁内の事情に通暁し、職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に任されているものというべきである。すなわち、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを、その裁量的判断によって決定することができるものと解すべきである。したがって、裁判所が右の処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである(最高裁昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。右の見地から、原審の確定した事実関係の下において本件各懲戒免職処分が上告人の裁量権の範囲を逸脱したものというべきかどうかについて検討する。

 思うに、高等学校の教育は、高等普通教育及び専門教育を施すことを目的とするものではあるが、中学校の教育の基礎の上に立って、所定の修業年限の間にその目的を達成しなければならず(学校教育法四一条、四六条参照)、また、高等学校においても、教師が依然生徒に対し相当な影響力、支配力を有しており、生徒の側には、いまだ教師の教育内容を批判する十分な能力は備わっておらず、教師を選択する余地も大きくないのである。これらの点からして、国が、教育の一定水準を維持しつつ、高等学校教育の目的達成に資するために、高等学校教育の内容及び方法について遵守すべき基準を定立する必要があり、特に法規によってそのような基準が定立されている事柄については、教育の具体的内容及び方法につき高等学校の教師に認められるべき裁量にもおのずから制約が存するのである。

 本件における前記事実関係によれば、懲戒事由に該当する被上告人らの前記各行為は、高等学校における教育活動の中で枢要な部分を占める日常の教科の授業、考査ないし生徒の成績評価に関して行われたものであるところ、教育の具体的内容及び方法につき高等学校の教師に認められるべき裁量を前提としてもなお、明らかにその範囲を逸脱して、日常の教育のあり方を律する学校教育法の規定や学習指導要領の定め等に明白に違反するものである。しかも、被上告人らの右各行為のうち、各教科書使用義務違反の点は、いずれも年間を通じて継続的に行われたものであって、特に被上告人Bの教科書不使用は、所定の教科書は内容が自分の考えと違うとの立場から使用しなかったものであること、被上告人Aの日本史の考査の出題及び授業、地理Bの考査の出題の点は、その内容自体からみて、当該各科目の目標及び内容からの逸脱が著しいとみられるものであること等をも考慮するときは、被上告人らの右各行為の法規違反の程度は決して軽いものではないというべきである。そして、懲戒事由に該当する被上告人らの各行為は、上告人が本件各懲戒免職処分の理由としたもののうちの主要なものである。

 更に、当時の伝習館高校の内外における前記のような背景の下で、同校の校内秩序が極端に乱れた状態にあったことは明らかであり、そのような状況の下において被上告人らが行った前記のような特異な教育活動が、同校の混乱した状態を助長するおそれの強いものであり、また、生徒の父兄に強い不安と不満を抱かせ、ひいては地域社会に衝撃を与えるようなものであったことは否定できないところであって、この意味における被上告人らの責任を軽視することはできない。そのほか、本件各懲戒免職処分の前約一年半の間に、被上告人Aは二回にわたってストライキ参加により戒告及び減給一月の各懲戒処分を受け、また、被上告人Bはストライキ参加により減給一月の懲戒処分を受けていることも、被上告人らの法秩序軽視の態度を示す事情として考慮されなければならないのである。

 以上によれば、上告人が、所管に属する福岡県下の県立高等学校等の教諭等職員の任免その他の人事に関する事務を管理執行する立場において、懲戒事由に該当する被上告人らの前記各行為の性質、態様、結果、影響等のほか、右各行為の前後における被上告人らの態度、懲戒処分歴等の諸事情を考慮のうえ決定した本件各懲戒免職処分を、社会観念上著しく妥当を欠くものとまではいい難く、その裁量権の範囲を逸脱したものと判断することはできない。これと異なる原審の判断は、ひっきょう、懲戒権者の裁量権に関する法令の解釈適用を誤ったものといわざるをえず、右の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、その余の論旨について判断するまでもなく破棄を免れない。そこで、被上告人らの本訴請求について判断するに、被上告人らの右各行為は、地公法二九条一項一、二号の懲戒事由に該当するところ、原審の適法に確定した事実関係の下において、本件各懲戒免職処分に被上告人ら主張の手続的違法は認められず、また、それが懲戒権者の裁量権の範囲を逸脱したものということができないことは右に述べたとおりであるから、その取消しを求める被上告人らの本訴請求は理由かない。したがって、これと判断を異にする第一審判決を取り消し、被上告人らの請求をいずれも棄却することとする。