Pacta Sunt Servanda

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牧野訴訟(東京地判昭和43年7月15日) 

一 憲法一四条一項は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と規定している。この規定は、国民に対し、法の下における平等を保障したものであるから、ここに列挙された事由は例示的なものであつて、必ずしも右事項に限るものではないが、しかし、また、その半面として、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、事柄の性質に即応して差別すべき合理的理由があると認められないのに差別することを禁止するものである最高裁判所昭和三九年五月二七日大法廷判決参照)。そして、老齢福祉年金における夫婦受給制限の規定は、夫婦がともに老齢福祉年金の支給を受ける場合には、老齢者が夫婦者であるという理由で、単身老齢者に比べ、それぞれ金三、〇〇〇円の支給を停止する旨を規定するものであつて、老齢者が夫婦者であるという社会的身分により経済関係における施策のうえで、差別的取扱いをするものであるといいうる。したがつて、かかる差別的取扱いが事柄の性質に即応して合理的理由があることが認められない限り、右の夫婦受給制限の規定は上記憲法の条項に違反し、無効であるといわなければならない。

 右立法の経過に徴するに、現行の老齢福祉年金は国家予算の都合上、経過的な制度(法七四条以下)として認められたものにすぎず、しかも社会保障制度審議会の答申案に比し、受給権者の範囲をいちじるしくせばめるものではあるが(法七九条の二第六項、六六条)、しかし、それにもかかわらず、拠出制老齢年金が全面的に実施されるまでの間、同老齢年金に加入することも認められず、放置しておくことができない老齢者(昭和三六年当時五五才以上であつた老齢者)のために国がその生活費の面倒をみるという老齢者に対する公的扶助的性格の強いものであることは否定することができない。  

 この点について、被告は、現行の老齢福祉年金は個人の貯蓄、社会情勢に即応する程度の扶養親族の扶養または公的扶助があることを前提として、老齢者の老後の所得の一助とすることによつて老齢者の日々の生活に潤いを与えようとするものである旨を主張するが、老齢福祉年金についてのかかる理解は、憲法二五条二項の理念ならびに後に述べる老齢者の生活の実態に照し、正当でないというべきである。

 以上のとおり、現行の老齢福祉年金は、経済的制度として、しかも所得による支給制限にふれない範囲の老齢者に対し農村四級地区における最低生活費のおよそ半額(当初、月額一、〇〇〇円、四〇年、四一年において月額一、三〇〇円、昭和四二年において月額一、五〇〇円)を支給しようとするものであつて、法一条が掲げる憲法二五条二項の理念からみれば極めて不十分であるとはいえ、そのこと自体は、社会福祉の促進、公衆衛生、生活環境の改善等国民一般の生活の必須的な側面において施策すべきことの多いわが国の社会情勢と先進国諸国に比し必ずしも潤沢とはいえない国家財政の事情とにかんがみ、やむをえないというべきであろうが、しかし、だからといつて、国家予算の都合から、老齢福祉年金の受給対象者が夫婦者であるか単身者であるかによつてその支給額を差別することまでも許されるというべきではない。けだし、前示のとおり、憲法一四条は、老齢福祉年金のような無拠出で国から支給される経済的利益についても平等であることを国民の基本的人権として保障し、差別すべき合理的な理由があると認められない限り、差別することを禁止していると解されるからである。

 ところで、被告は、夫婦が健在であるとすれば、その共同生活に由来する共通部分について費用の節約がなされうることは公知の事実であり、生活費の一部に充当せらるべき老齢福祉年金についても同じことがいえるから、年金額を定める場合に、このことを加味するのは合理的である旨を主張し、夫婦の共同生活に由来する共通部分について費用の節約がなされうること自体は理論として当然のことであるが、しかし、他面、老齢者夫婦が共同生活する場合における生活費が単身である場合のそれに比し、はるかに嵩むことは経験則上だれもが知るところであつて、老齢者を抱えた低所得者階層の扶養義務者の生活を圧迫し、夫婦者の老齢者が単身の老齢者より一層みじめな生活を送つていることは前示のとおりであるから、かような老齢者の生活の実態にかんがみると、夫婦者の老齢者の場合に理論のうえで生活の共通部分について費用の節約が可能であるといいうるからといつて、支給額が上記のような最低生活費(農村四級地区の最低生活費)のほとんど半額にすぎず、前記老齢福祉年金制度の理想からすれば余りにも低額である現段階において、夫婦者の老齢者を単身の老齢者と差別し、夫婦者の老齢者に支給される老齢福祉年金のうち、さらに金三、〇〇〇円(月額二五〇円)の支給を停止するがごときは、国家財政の都合から、あえて老齢者の生活実態に目を蔽うものであるとのそしりを免れないというべく、到底、差別すべき合理的理由があるものとは認められない。したがつて、被告の右主張は採用できない。

三 それゆえ、夫婦受給制限の規定は、差別すべき合理的理由が認められないのに夫婦者の老齢者を差別するものであつて、憲法一四条一項に違反し無効であるといわざるをえない