Pacta Sunt Servanda

「合意は拘束する」自分自身の学修便宜のため、備忘録ないし知識まとめのブログです。 ブログの性質上、リプライは御期待に沿えないことがあります。記事内容の学術的な正確性は担保致しかねます。 判決文は裁判所ホームページから引用してますが、記事の中ではその旨の言及は割愛いたします。

取材源の秘匿と表現の自由(最大判昭和27年8月6日)

 刑訴法は捜査については、原則として強制捜査権を認めていないのであるから、捜査官が捜査の目的を達するために証人尋問の必要ありと認めた場合には、刑訴二二六条に規定する条件の下に、検察官からこれを裁判官に請求すべきものとしているのである。そして、右の請求を受けた裁判官はこれを相当と認めた場合には、証人を尋問することができるのであり、召喚を受けた証人が証言義務を負担するものであることはいうまでもないところであつて、本案被疑事件が爾後の捜査の結果犯罪の嫌疑十分ならずとして不起訴処分となり、或は本案被告事件が後日罪とならず又は犯罪の証明なしとして無罪となつても、その証拠調手続が遡つて違法無効となるものでないことは疑のないところであるから、証人は被疑事実が客観的に存在しないことを理由として証言を拒むことを得ないものといわなければならない。従つて、検察官が刑訴二二六条により裁判官に証人尋問の請求をするためには、捜査機関において犯罪ありと思料することが相当であると認められる程度の被疑事実の存在があれば足るものであつて、被疑事実が客観的に存在することを要件とするものではないことは、原判決の説示するとおりである。固より捜査機関が犯罪ありと思料すべき何等の根拠もないにかかわらず、故意に架空な事実を想定して捜査を開始し、刑訴二二六条により証人尋問の請求をしたとすれば、それは明らかに捜査に名を藉る職権の濫用であるといわなければならない。しかし、本件において原判決は次のとおり判断しているのである。すなわち、松本市警察署司法警察員が昭和二四年四月二四日松本簡易裁判所裁判官に対し松本税務署員Aに対する収賄等被疑事件について逮捕状を請求し、翌二五日午前一〇時頃逮捕状の発付を得たが、同日午後三時頃朝日新聞松本支局の記者被告人石井清が同署捜査課長会田武平に対しAに対する逮捕令状が発付になつた旨を告げて、事件が如何に進展したかを聞きに来たこと、同人は知らない旨を答えたが、右の如く逮捕状発付の事実が外部に洩れた気配があつたので、予定を変更して同日午後九時これを執行したこと、ところが翌二六日附朝日新聞長野版に該逮捕状請求の事実と逮捕状記載の被疑事実が掲載され、その文面の順序等が逮捕状記載と酷似していたことは、第一審でなされた証拠調の結果により明らかに認め得る事実である。そして、逮捕状の請求、発付の事実が執行前に外部に漏洩するときはその執行を困難ならしめ、ひいては捜査に重大な障害を与えるものであるから、当該逮捕状の請求、作成、発付の事務に関与する国家公務員たる職員については、右は明らかに国家公務員法一〇〇条にいわゆる職員の職務上知得した秘密に該当するものといわなければならない。然らば、以上の事実とその他の証拠を綜合すると、捜査機関において松本簡易裁判所及び同区検察庁の職員中の何人かが職務上知得した秘密を第三者に漏洩した国家公務員法違反罪の嫌疑が生じたものとして捜査を開始するを相当と認められる十分の理由があるものであるというのであつて、所論の如く右被疑事実が単に噂に止まつて疑の程度には達しないものであるということはできないのみならず、前示被疑事件につき捜査上必要ありと認めてなされた本件証人尋問の請求が検察官の職権濫用によるものであることは、全然これを認めることができないのである。従つて、原判決が本件証人尋問の請求を刑訴二二六条に違反するものでないと判断したことは固より正当であり、その間何等所論の如き違憲の点があるとはいえないのである。また論旨は、刑訴二二六条が原判決の如く判断し得る旨を規定したものとするならば、同条もまた憲法一三条に違反すると主張する。しかし、原判決の判断の正当であることは前記説明のとおりであつて、所論の如き理由から刑訴二二六条の規定を違憲であるということはできないから、論旨は到底採用することができない。