Pacta Sunt Servanda

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「宴のあと」事件(東京地判昭和39年9月28日) 

3 このようにモデル小説におけるプライバシーは小説の主人公の私生活の描写がモデルの私生活を敷き写しにした場合に問題となるものはもちろんであるが、そればかりでなく、たとえ小説の叙述が作家のフイクシヨンであつたとしてもそれが事実すなわちモデルの私生活を写したものではないかと多くの読者をして想像をめぐらせるところに純粋な小説としての興味以外のモデル的興味というものが発生し、モデル小説のプライバシーという問題を生むものであるといえよう。

(三) もつとも、被告等は私生活をみだりに公開されないという意味でのプライバシーの尊重が必要なことは認めるけれども、それが実定法的にも一つの法益として是認され、したがつて法的保護の対象となる権利であるかどうかは疑問であると主張する。しかし近代法の根本理念の一つであり、また日本国憲法のよつて立つところでもある個人の尊厳という思想は、相互の人格が尊重され、不当な干渉から自我が保護されることによつてはじめて確実なものとなるのであつて、そのためには、正当な理由がなく他人の私事を公開することが許されてはならないことは言うまでもないところである。このことの片鱗はすでに成文法上にも明示されているところであつて、たとえば他人の住居を正当な理由がないのにひそかにのぞき見る行為は犯罪とせられており(軽犯罪法一条一項二三号)その目的とするところが私生活の場所的根拠である住居の保護を通じてプライバシーの保障を図るにあることは明らかであり、また民法二三五条一項が相隣地の観望について一定の規制を設けたところも帰するところ他人の私生活をみだりにのぞき見ることを禁ずる趣旨にあることは言うまでもないし、このほか刑法一三条の信書開披罪なども同じくプライバシーの保護に資する規定であると解せられるのである。

 そしてここにいうような私生活の公開とは、公開されたところが必ずしもすべて真実でなければならないものではなく、一般の人が公開された内容をもつて当該私人の私生活であると誤認しても不合理でない程度に真実らしく受け取られるものであれば、それはなおプライバシーの侵害としてとらえることができるものと解すべきである。けだし、このような公開によつても当該私人の私生活とくに精神的平穏が害われることは、公開された内容が真実である場合とさしたる差異はないからであるむしろプライバシーの侵害は多くの場合、虚実がないまぜにされ、それが真実であるかのように受け取られることによつて発生することが予想されるが、ここで重要なことは公開されたところが客観的な事実に合致するかどうか、つまり真実か否かではなく、真実らしく思われることによつて当該私人が一般の好奇心の的になり、あるいは当該私人をめぐつてさまざまな揣摩臆測が生じるであろうことを自ら意識することによつて私人が受ける精神的な不安、負担ひいては苦痛にまで至るべきものが、法の容認し難い不当なものであるか否かという点にあるものと考えられるからである。