Pacta Sunt Servanda

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百選52事件 市有地の神社無償提供事件(最大判平成22年1月20日)

第2 上告代理人新川生馬,同朝倉靖の上告理由について
 論旨は,本件神社物件の宗教性は希薄であり,町又は市が本件土地1及び2を取得したのは宗教的目的に基づくものではないなどとして,本件利用提供行為は政教分離原則を定めた憲法の規定に違反するものではないというものである。しかしながら,本件利用提供行為は憲法89条に違反し,ひいては憲法20条1項後段にも違反するものであって,論旨は採用することができない。その理由は,次のとおりである。
1 憲法判断の枠組み
 憲法89条は,公の財産を宗教上の組織又は団体の使用,便益若しくは維持のため,その利用に供してはならない旨を定めている。その趣旨は,国家が宗教的に中立であることを要求するいわゆる政教分離の原則を,公の財産の利用提供等の財政的な側面において徹底させるところにあり,これによって,憲法20条1項後段の規定する宗教団体に対する特権の付与の禁止を財政的側面からも確保し,信教の自由の保障を一層確実なものにしようとしたものである。しかし,国家と宗教とのかかわり合いには種々の形態があり,およそ国又は地方公共団体が宗教との一切の関係を持つことが許されないというものではなく,憲法89条も,公の財産の利用提供等における宗教とのかかわり合いが,我が国の社会的,文化的諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合に,これを許さないとするものと解される。
 国又は地方公共団体が国公有地を無償で宗教的施設の敷地としての用に供する行為は,一般的には,当該宗教的施設を設置する宗教団体等に対する便宜の供与として,憲法89条との抵触が問題となる行為であるといわなければならない。もっとも,国公有地が無償で宗教的施設の敷地としての用に供されているといっても,当該施設の性格や来歴,無償提供に至る経緯,利用の態様等には様々なものがあり得ることが容易に想定されるところである。例えば,一般的には宗教的施設としての性格を有する施設であっても,同時に歴史的,文化財的な建造物として保護の対象となるものであったり,観光資源,国際親善,地域の親睦の場などといった他の意義を有していたりすることも少なくなく,それらの文化的あるいは社会的な価値や意義に着目して当該施設が国公有地に設置されている場合もあり得よう。また,我が国においては,明治初期以来,一定の社寺領を国等に上知(上地)させ,官有地に編入し,又は寄附により受け入れるなどの施策が広く採られたこともあって,国公有地が無償で社寺等の敷地として供される事例が多数生じた。このような事例については,戦後,国有地につき「社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律」(昭和22年法律第53号)が公布され,公有地についても同法と同様に譲与等の処分をすべきものとする内務文部次官通牒が発出された上,これらによる譲与の申請期間が経過した後も,譲与,売払い,貸付け等の措置が講じられてきたが,それにもかかわらず,現在に至っても,なおそのような措置を講ずることができないまま社寺等の敷地となっている国公有地が相当数残存していることがうかがわれるところである。これらの事情のいかんは,当該利用提供行為が,一般人の目から見て特定の宗教に対する援助等と評価されるか否かに影響するものと考えられるから,政教分離原則との関係を考えるに当たっても,重要な考慮要素とされるべきものといえよう。
 そうすると,国公有地が無償で宗教的施設の敷地としての用に供されている状態が,前記の見地から,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えて憲法89条に違反するか否かを判断するに当たっては,当該宗教的施設の性格,当該土地が無償で当該施設の敷地としての用に供されるに至った経緯,当該無償提供の態様,これらに対する一般人の評価等,諸般の事情を考慮し,社会通念に照らして総合的に判断すべきものと解するのが相当である。
 以上のように解すべきことは,当裁判所の判例最高裁昭和46年(行ツ)第69号同52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁,最高裁平成4年(行ツ)第156号同9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁等)の趣旨とするところからも明らかである。
2 本件利用提供行為の憲法適合性
(1)前記事実関係等によれば,本件鳥居,地神宮,「神社」と表示された会館入口から祠に至る本件神社物件は,一体として神道の神社施設に当たるものと見るほかはない。
 また,本件神社において行われている諸行事は,地域の伝統的行事として親睦などの意義を有するとしても,神道の方式にのっとって行われているその態様にかんがみると,宗教的な意義の希薄な,単なる世俗的行事にすぎないということはできない。
 このように,本件神社物件は,神社神道のための施設であり,その行事も,このような施設の性格に沿って宗教的行事として行われているものということができる。
(2)本件神社物件を管理し,上記のような祭事を行っているのは,本件利用提供行為の直接の相手方である本件町内会ではなく,本件氏子集団である。本件氏子集団は,前記のとおり,町内会に包摂される団体ではあるものの,町内会とは別に社会的に実在しているものと認められる。そして,この氏子集団は,宗教的行事等を行うことを主たる目的としている宗教団体であって,寄附を集めて本件神社の祭事を行っており,憲法89条にいう「宗教上の組織若しくは団体」に当たるものと解される。
 しかし,本件氏子集団は,祭事に伴う建物使用の対価を町内会に支払うほかは,本件神社物件の設置に通常必要とされる対価を何ら支払うことなく,その設置に伴う便益を享受している。すなわち,本件利用提供行為は,その直接の効果として,氏子集団が神社を利用した宗教的活動を行うことを容易にしているものということができる。
(3)そうすると,本件利用提供行為は,市が,何らの対価を得ることなく本件各土地上に宗教的施設を設置させ,本件氏子集団においてこれを利用して宗教的活動を行うことを容易にさせているものといわざるを得ず,一般人の目から見て,市が特定の宗教に対して特別の便益を提供し,これを援助していると評価されてもやむを得ないものである。前記事実関係等によれば,本件利用提供行為は,もともとは小学校敷地の拡張に協力した用地提供者に報いるという世俗的,公共的な目的から始まったもので,本件神社を特別に保護,援助するという目的によるものではなかったことが認められるものの,明らかな宗教的施設といわざるを得ない本件神社物件の性格,これに対し長期間にわたり継続的に便益を提供し続けていることなどの本件利用提供行為の具体的態様等にかんがみると,本件において,当初の動機,目的は上記評価を左右するものではない
(4)以上のような事情を考慮し,社会通念に照らして総合的に判断すると,本件利用提供行為は,市と本件神社ないし神道とのかかわり合いが,我が国の社会的,文化的諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとして,憲法89条の禁止する公の財産の利用提供に当たり,ひいては憲法20条1項後段の禁止する宗教団体に対する特権の付与にも該当すると解するのが相当である。
第3 職権による検討
1 本件は,被上告人らが地方自治法242条の2第1項3号に基づいて提起した住民訴訟であり,被上告人らは,前記のとおり政教分離原則との関係で問題とされざるを得ない状態となっている本件各土地について,上告人がそのような状態を解消するため使用貸借契約を解除し,神社施設の撤去を求める措置を執らないことが財産管理上違法であると主張する。
2 本件利用提供行為の現状が違憲であることは既に述べたとおりである。しかしながら,これを違憲とする理由は,判示のような施設の下に一定の行事を行っている本件氏子集団に対し,長期にわたって無償で土地を提供していることによるものであって,このような違憲状態の解消には,神社施設を撤去し土地を明け渡す以外にも適切な手段があり得るというべきである。例えば,戦前に国公有に帰した多くの社寺境内地について戦後に行われた処分等と同様に,本件土地1及び2の全部又は一部を譲与し,有償で譲渡し,又は適正な時価で貸し付ける等の方法によっても上記違憲性を解消することができる。そして,上告人には,本件各土地,本件建物及び本件神社物件の現況,違憲性を解消するための措置が利用者に与える影響,関係者の意向,実行の難易等,諸般の事情を考慮に入れて,相当と認められる方法を選択する裁量権があると解される。本件利用提供行為に至った事情は,それが違憲であることを否定するような事情として評価することまではできないとしても,解消手段の選択においては十分に考慮されるべきであろう。本件利用提供行為が開始された経緯や本件氏子集団による本件神社物件を利用した祭事がごく平穏な態様で行われてきていること等を考慮すると,上告人において直接的な手段に訴えて直ちに本件神社物件を撤去させるべきものとすることは,神社敷地として使用することを前提に土地を借り受けている本件町内会の信頼を害するのみならず,地域住民らによって守り伝えられてきた宗教的活動を著しく困難なものにし,氏子集団の構成員の信教の自由に重大な不利益を及ぼすものとなることは自明であるといわざるを得ない。さらに,上記の他の手段のうちには,市議会の議決を要件とするものなども含まれているが,そのような議決が適法に得られる見込みの有無も考慮する必要がある。これらの事情に照らし,上告人において他に選択することのできる合理的で現実的な手段が存在する場合には,上告人が本件神社物件の撤去及び土地明渡請求という手段を講じていないことは,財産管理上直ちに違法との評価を受けるものではない。すなわち,それが違法とされるのは,上記のような他の手段の存在を考慮しても,なお上告人において上記撤去及び土地明渡請求をしないことが上告人の財産管理上の裁量権を逸脱又は濫用するものと評価される場合に限られるものと解するのが相当である。
3 本件において、当事者は,上記のような観点から,本件利用提供行為の違憲性を解消するための他の手段が存在するか否かに関する主張をしておらず,原審も当事者に対してそのような手段の有無に関し釈明権を行使した形跡はうかがわれない。しかし,本件利用提供行為の違憲性を解消するための他の手段があり得ることは,当事者の主張の有無にかかわらず明らかというべきである。また,原審は,本件と併行して,本件と当事者がほぼ共通する市内の別の神社(T神社)をめぐる住民訴訟を審理しており,同訴訟においては,市有地上に神社施設が存在する状態を解消するため,市が,神社敷地として無償で使用させていた市有地を町内会に譲与したことの憲法適合性が争われていたところ,第1,2審とも,それを合憲と判断し,当裁判所もそれを合憲と判断するものである(最高裁平成19年(行ツ)第334号)。原審は,上記訴訟の審理を通じて,本件においてもそのような他の手段が存在する可能性があり,上告人がこうした手段を講ずる場合があることを職務上知っていたものである。 
 そうすると,原審が上告人において本件神社物件の撤去及び土地明渡請求をすることを怠る事実を違法と判断する以上は,原審において,本件利用提供行為の違憲性を解消するための他の合理的で現実的な手段が存在するか否かについて適切に審理判断するか,当事者に対して釈明権を行使する必要があったというべきである。原審が,この点につき何ら審理判断せず,上記釈明権を行使することもないまま,上記の怠る事実を違法と判断したことには,怠る事実の適否に関する審理を尽くさなかった結果,法令の解釈適用を誤ったか,釈明権の行使を怠った違法があるものというほかない。
第4 結論
 以上によれば,本件利用提供行為を違憲とした原審の判断は是認することができるが,上告人が本件神社物件の撤去請求をすることを怠る事実を違法とした判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。そこで,原判決を職権で破棄し,本件利用提供行為の違憲性を解消するための他の手段の存否等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。