Pacta Sunt Servanda

「合意は拘束する」自分自身の学修便宜のため、備忘録ないし知識まとめのブログです。 ブログの性質上、リプライは御期待に沿えないことがあります。記事内容の学術的な正確性は担保致しかねます。 判決文は裁判所ホームページから引用してますが、記事の中ではその旨の言及は割愛いたします。

百選27事件 大阪国際空港夜間飛行禁止等請求上告事件(最大判昭和56年12月16日)

 

〔差止請求に関する判断〕
 右にみられるような空港国営化の趣旨、すなわち国営空港の特質を参酌して考えると、本件空港の管理に関する事項のうち、少なくとも航空機の離着陸の規制そのもの等、本件空港の本来の機能の達成実現に直接にかかわる事項自体については、空港管理権に基づく管理と航空行政権に基づく規制とが、空港管理権者としての運輸大臣と航空行政権の主管者としての運輸大臣のそれぞれ別個の判断に基づいて分離独立的に行われ、両者の間に矛盾乖離を生じ、本件空港を国営空港とした本旨を没却し又はこれに支障を与える結果を生ずることがないよう、いわば両者が不即不離、不可分一体的に行使実現されているものと解するのが相当である。換言すれば、本件空港における航空機の離着陸の規制等は、これを法律的にみると、単に本件空港についての営造物管理権の行使という立場のみにおいてされるべきもの、そして現にされているものとみるべきではなく、航空行政権の行使という立場をも加えた、複合的観点に立つた総合的判断に基づいてされるべきもの、そして現にされているものとみるべきである。
 ところで、別紙当事者目録記載の番号1ないし239の被上告人ら(原判決別紙二の第一ないし第四表記載の被上告人らないしその訴訟承継人ら)は、本件空港の供用に伴う騒音等により被害を受けているとし、人格権又は環境権に基づく妨害排除又は妨害予防の請求として、毎日午後九時から翌日午前七時までの間本件空港を航空機の離着陸に使用させることの差止めを求めるものであつて、その趣旨は、本件空港の設置・管理主体たる上告人に対し、いわゆる通常の民事上の請求として右のような不作為の給付請求権があると主張してこれを訴求するものと解される。そうすると、右の請求は、本件空港を一定の時間帯につき航空機の離着陸に使用させないということが本件空港の管理作用のみにかかわる単なる不作為にすぎず、およそ航空行政権の行使には関係しないものであるか、少なくとも管理作用の部面を航空行政権の行使とは法律上分離して給付請求の対象とすることができるとの見解を前提とするものということができる
 しかしながら、前述のように、本件空港の離着陸のためにする供用は運輸大臣の有する空港管理権と航空行政権という二種の権限の、総合的判断に基づいた不可分一体的な行使の結果であるとみるべきであるから、右被上告人らの前記のような請求は、事理の当然として、不可避的に航空行政権の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することとなるものといわなければならない。したがつて、右被上告人らが行政訴訟の方法により何らかの請求をすることができるかどうかはともかくとして、上告人に対し、いわゆる通常の民事上の請求として前記のような私法上の給付請求権を有するとの主張の成立すべきいわれはないというほかはない。
 以上のとおりであるから、前記被上告人らの本件訴えのうち、いわゆる狭義の民事訴訟の手続により一定の時間帯につき本件空港を航空機の離着陸に使用させることの差止めを求める請求にかかる部分は、不適法というべきである。そうすると、右請求を適法とした原判決は訴訟の適法要件に関する法令の解釈を誤つたものであつて、右違法が判決に影響を及ぼすものであることは明らかであるから、論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中右請求に関する部分は破棄を免れず、第一審判決中右請求に関する部分はこれを取消したうえ本訴請求中右請求にかかる訴えを却下すべきである。

〔過去の損害の賠償請求に関する判断〕
 国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が有すべき安全性を欠いている状態をいうのであるが、そこにいう安全性の欠如、すなわち、他人に危害を及ぼす危険性のある状態とは、ひとり当該営造物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によつて一般的に右のような危害を生ぜしめる危険性がある場合のみならず、その営造物が供用目的に沿つて利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合をも含み、また、その危害は、営造物の利用者に対してのみならず、利用者以外の第三者に対するそれをも含むものと解すべきである。すなわち、当該営造物の利用の態様及び程度が一定の限度にとどまる限りにおいてはその施設に危害を生ぜしめる危険性がなくても、これを超える利用によつて危害を生ぜしめる危険性がある状況にある場合には、そのような利用に供される限りにおいて右営造物の設置、管理には瑕疵があるというを妨げず、したがつて、右営造物の設置・管理者において、かかる危険性があるにもかかわらず、これにつき特段の措置を講ずることなく、また、適切な制限を加えないままこれを利用に供し、その結果利用者又は第三者に対して現実に危害を生ぜしめたときは、それが右設置・管理者の予測しえない事由によるものでない限り、国家賠償法二条一項の規定による責任を免れることができないと解されるのである。
 本件についてこれをみるのに、本件において被上告人らが主張し、かつ、原審が認定した本件空港の設置、管理の瑕疵は、右空港の施設自体がもつ物理的・外形的欠陥ではなく、また、それが空港利用者に対して危害を生ぜしめているというのでもなくて、本件空港に多数のジエツト機を含む航空機が離着陸するに際して発生する騒音等が被上告人ら周辺住民に被害を生ぜしめているという点にあるのであるが、利用者以外の第三者に対する危害もまた右瑕疵のうちに含まれること、営造物がその供用目的に沿つて利用されている状況のもとにおいてこれから危害が生ずるような場合もこれに含まれることは前示のとおりであるから、本件空港に離着陸する航空機の騒音等による周辺住民の被害の発生を右空港の設置、管理の瑕疵の概念に含ましめたこと自体に所論の違法があるものということはできない。そして、原審の適法に確定したところによれば、本件空港は第一種空港として大量の航空機の離着陸を予定して設置されたものであるにもかかわらず、その面積はこのような機能を果たすべき空港としては狭隘であり、しかも多数の住民の居住する地域にきわめて近接しているなど、立地条件が劣悪であつて、これに多数のジエツト機を含む航空機が離着陸することにより周辺住民に騒音等による甚大な影響を与えることは避け難い状況にあり、しかも本件空港の設置・管理者たる国は右被害の発生を防止するのに十分な措置を講じないまま右空港をジエツト機を含む大量の航空機の離着陸に継続的に使用させてきた、というのである。そうすると、のちに上告理由第四点の一ないし四について判示するとおり右供用の違法性が肯定される限り、国家賠償法二条一項の規定の解釈に関しさきに判示したところに照らし、右事実関係のもとにおいて本件空港の設置、管理に瑕疵があるものと認めた原審の判断は正当というべきである。
原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 同第三点の一、二について
 所論は、要するに、原判決は、(一)(1)検証における主観的、感覚的な印象を重視し、また、(2)被上告人らの陳述書及びアンケート調査のような、その性質上主観的な誇張や偏りを免れない証拠資料に高い証拠価値を認め、(3)被害の悪循環と相互影響というような合理的根拠に乏しい漠然とした観念をあたかも一個の経験法則であるかのように取り扱つて事実の認定、判断の基礎とした点において、また、(二)航空機(ジエツト機)の排気ガスを被上告人らの居住地域における大気汚染の原因であるとたやすく認定した点において、それぞれ経験則違背、理由不備又は理由齟齬の違法を犯したものである、というのである。
 しかしながら、人が、本件において問題とされているような相当強大な航空機騒音に暴露される場合、これによる影響は、生理的、心理的、精神的なそればかりでなく、日常生活における諸般の生活妨害等にも及びうるものであり、その内容、性質も複雑、多岐、微妙で、外形的には容易に捕捉し難いものがあり、被暴露者の主観的条件によつても差異が生じうる反面、その主観的な受けとめ方を抜きにしてはこれを正確に認識、把握することができないようなものであることは、常識上容易に肯認しうるところである。したがつて、原審が検証を実施した際に受けた印象や、被上告人らに陳述書、アンケート調査等に所論のような主観的要素が含まれているからといつて、その証拠価値を否定することができないことはもちろん、原審がこれらに対してかなり高い証拠価値を認めたとしても、そのことをもつて直ちに採証法則ないし経験則違背の違法があるとすることはできない。また、前記航空機騒音の影響による前記各種被害の間にはその性質上相互に影響し合う関係があるとする原審の見解も、必ずしも根拠のないものということはできず、被害の認定判断にあたつてこれを考慮したことが所論のように合理性を欠くものともいえない。
 次に、航空機の排気ガスと被上告人らの居住地域における大気汚染との関係についての原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認しえないものでもなく、その過程に所論の違法があるとも認められない。
 論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰するものであり、いずれも採用することができない。
 同第三点の三について
 所論は、要するに、本件損害賠償請求は、航空機騒音等によつて被上告人らが肉体的・精神的被害を受け、日常生活にも著しい妨害を受けていることを理由とするものであるから、その性質上当然に、被上告人ら各自について、それぞれの被害発生、その内容、右各被害と加害行為との間の因果関係の存在を個別的かつ具体的に認定判断する必要があるにもかかわらず、原判決は、(一)この一般原則を無視し、右のような個別的、具体的な立証を不必要とし、被上告人らの具体的生活条件、居住条件のいかんによつて航空機騒音等による被害の内容及び程度につき生ずるはずの差異を一切捨象し、被上告人らに一律一様の被害が生じているものと認定判断した点において、また、(二)殊に、被上告人らの主張する耳鳴り、難聴その他の身体的被害について、主として本人の陳述やアンケート調査のような主観的色彩の強い証拠資料に依拠し、医学的・客観的資料によらず、また、疫学的手法を用いることもなく、たやすく被上告人らの一部にそのような身体的被害が生じ、かつ、少なくとも本件航空機による騒音等がその一因となり、又はなつている可能性があると認定するとともに、一部住民につきそのような事実が認められる以上、他の住民についても同種被害の発生ないしはその危険性の存在を肯定すべく、各自につき具体的に被害発生の有無や危険性の存在と程度を確定する必要がないとしている点において、法令の解釈適用を誤り、経験則に違背し、理由不備ないし理由齟齬の違法を犯したものである、というのである。
 原判決が、本件空港に離着陸する航空機の騒音等による被上告人らの被害につき、その精神的被害を等しいものとし、また、睡眠妨害を含む日常生活の妨害も、各人の生活条件に応じて発現の具体的態様に相違があるにせよ、被上告人ら全員に共通するものとし、更に身体的被害についても、被害発生の可能性は騒音等に暴露されている地域の住民の全員に同一であり、一部の者に被害が生じていれば、その他の者にも同様の危険性があると認めるべきであるとしていることは、所論のとおりである。
 確かに、被上告人らの本件損害賠償請求は、本件空港に離着陸する航空機の騒音等により被上告人らを含む周辺地域の住民が被つている被害を一体的にとらえ、これを一個の権利侵害として、被上告人らがそれら住民の全体を代表するといつたような立場においてこれに対する救済を求めるものではなく、被上告人各自の被つている被害につき、それぞれの固有の権利として損害賠償の請求をしているのであるから、各被上告人についてそれぞれ被害の発生とその内容が確定されなければならないことは当然である。しかしながら、被上告人らが請求し、主張するところは、被上告人らはそれぞれさまざまな被害を受けているけれども、本件においては各自が受けた具体的被害の全部について賠償を求めるのではなく、それらの被害の中には本件航空機の騒音等によつて被上告人ら全員が最小限度この程度まではひとしく被つていると認められるものがあり、このような被害を被上告人らに共通する損害として、各自につきその限度で慰藉料という形でその賠償を求める、というのであり、それは、結局、被上告人らの身体に対する侵害、睡眠妨害、静穏な日常生活の営みに対する妨害等の被害及びこれに伴う精神的苦痛を一定の限度で被上告人らに共通するものとしてとらえ、その賠償を請求するものと理解することができる。もとより右のような被害といえども、被上告人ら各自の生活条件、身体的条件等の相違に応じてその内容及び程度を異にしうるものではあるが、他方、そこには、全員について同一に存在が認められるものや、また、例えば生活妨害の場合についていえば、その具体的内容において若干の差異はあつても、静穏な日常生活の亭受が妨げられるという点においては同様であつて、これに伴う精神的苦痛の性質及び程度において差異がないと認められるものも存在しうるのであり、このような観点から同一と認められる性質・程度の被害を被上告人全員に共通する損害としてとらえて、各自につき一律にその賠償を求めることも許されないではないというべきである。原判決は、右のような観点に立つて、被上告人らの主張する被害事実につき、本件空港に離着陸する航空機の騒音等の性質、内容、程度に照らし、周辺住民としてこれに暴露される被上告人ら各自がひとしく少なくともその程度にまでは被つているものと考えられる被害がどのようなものであるかを把握するという見地から、被害及び困果関係の有無を認定判断しているものと解されるのであり、そうである以上、損害賠償の原因となるべき被上告人らの被害について一律的な判断を示し、各人別にそれぞれ異なつた被害の認定等を示していないことは、あえて異とするに足りないのである。そして、右の点に関し、本件空港に離着陸する航空機の被上告人らの居住する地域に及ぼす騒音等の性質、強度、頻度等が原判決において認定されたようなものである場合において、被上告人らのすべてに共通して原判示のような不快感、いらだち等の精神的苦痛及び睡眠その他日常生活の広範な妨害を生ずるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができないものではなく、また、身体的被害についても、本件のような航空機騒音の特質及びこれが人体に及ぼす影響の特殊性並びにこれに関する科学的解明が未だ十分に進んでいない状況にかんがみるときは,原審が、その挙示する証拠に基づき、前記のような航空機の騒音等の影響下にある被上告人らが訴える原判示の疾患ないし身体障害につき右騒音等がその原因の一つとなつている可能性があるとした認定判断は、必ずしも経験則に違背する不合理な認定判断として排斥されるべきものとはいえず、被上告人らすべてが、右のような身体障害に連なる可能性を有するストレス等の生理的・心理的影響ないし被害をひとしく受けているものとした判断もまた、是認することができないものではない。もつとも、原判決の判示のうちには、単なる身体的被害発生の可能性ないし危険性そのものを慰藉料請求権の発生原因たる被害と認めているかにみえる箇所があるところ、そのような可能性ないし危険性そのものを直ちに慰藉料請求権の発生原因たるべき現実の被害にあたるということができないことはいうまでもないが、右判示は、そのような可能性ないし危険性を帯有する前記のような生理的・心理的現象をもつて慰藉料請求権の発生原因たる被害と認めた趣旨のものと解することができないものではないのである。以上の点に関する論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないでこれを論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎないというべきである。
 なお、本件における被害の問題は、単に被上告人らにつきその主張するような共通被害が生じたかどうかの点のみに限られるものではなく、のちに上告理由第四点の一ないし四について判示するように、本件空港供用の違法性の判断については、右供用に伴う航空機の離着陸の際に生ずる騒音等が被上告人らを含む周辺住民らの全体に対しどのような種類、性質、内容の被害をどの程度に生ぜしめているかが一つの重要な考慮要素をなすものと解されるところ、この場合における被害の総体的な認定判断においては、必ずしも全員に共通する被害のみに限らず、住民の一部にのみ生じている特別の被害も考慮の対象となしうるのであり、原判決が、右のような、必ずしも被上告人ら全員に共通する被害とまではいえないものについても詳細な認定を施し、かつ、住民のうち特殊な生活条件、身体的条件を有する者について生ずる特別の被害をも加えて総体的な評価判断を示しているのも、右の見地からされたものと解されるのである。してみると、原判決中の右の点に関する判示部分は、さきの被上告人らに共通する被害の認定部分と一見矛盾するかのような観を呈するけれども、これをもつて理由齟齬の違法があるものとすることはできない。 
 以上の次第で、論旨はすべて採用することができない。
 同第四点の一ないし四について
 所論は、要するに、上告人の本件空港供用行為が損害賠償責任の要件としての違法性を帯びるかどうかは、これによつて被るとされる被害が社会生活を営む上において受忍すべきものと考えられる程度、すなわちいわゆる受忍限度を超えるものかどうかによつて決せられるべく、これを決するについては、侵害行為の態様と程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の公共性の内容と程度、被害の防止又は軽減のため加害者が講じた措置の内容と程度についての全体的な総合考察を必要とするものであるところ、原判決は、被害を極端に重視し、上記のような全体的・総合的考察を怠り、殊に上告人が従来とつてきた騒音対策を不当に低く評価し、また、将来の対策の評価判断においても、経験則に反する認定を行い、かつ、これに基づいて合理性を欠く評価を施しており、更に、本件空港の公共性についても十分な考察を欠き、これに対して不当に低い評価しか与えなかつた結果、右供用行為の違法性に関する判断を誤つたものである、というのである。
 上告人が右に指摘する点に関する原判決の判示をみると、原判決は、「第三 違法性」と題する項目の中で、まず本件空港拡張の経過、これに対する地元の住民や自治体の動向、上告人がこれまでとつてきた騒音対策の内容及び効果、今後とるべき対策として挙げられている諸措置の内容とその実効性につき逐次詳細な認定判断を示しているところ、右の認定判断は、原判決の挙示する証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法があるとすることはできない。そして、原判決は、右の認定判断にかかる事実と、さきに「第二 被害」と題する項目の中で認定判断した事実とに基づき、「第五」と題する項目において、被上告人らの損害賠償請求の適否につき判断を加えているので、右各事実に基づいて損害賠償請求に関する原判決の違法性判断の当否、前記上告理由の成否を検討することとする。
 原判決は、既に触れたように、その「第三 違法性」の項の五において、上告人による本件空港の供用による被上告人らの被害につき専らそれが国家賠償法二条一項にいう公の営造物の設置、管理の瑕疵による被害にあたるかどうかの問題として検討を加え、これを肯定すべき旨判示しており、その間損害賠償請求の要件としての違法性の有無につき特段の説明を加えてはいない。しかし、右判示部分を前記「第三 違法性」の項目の中で示されたその余の認定判断とあわせ読むと、原審は、航空機が公の営造物たる本件空港を利用することにより周辺住民に前記のような各種の被害を生ぜしめていることをもつて右空港の安全性の欠如であるとし、このような安全性を欠く状態にある本件空港を供用することをもつて営造物の設置、管理の瑕疵としてとらえているのであるが、その真意は、必ずしも本件空港の供用によつて周辺住民に被害が生ずること自体をもつて直ちにその設置、管理の瑕疵としているわけではなく、右被害は一般に社会生活上受忍すべき限度を超えるようなものであるが、本件空港のもつ公共性に照らし、右の限度を超える場合でもなおかつ公共の必要性から更に一定の限度まではこれを甘受しなければならないとすべきものであることを前提とし、その点において上記営造物の設置、管理の瑕疵の有無についても右のような基本的な違法性の判断が要求されるものとの見解に立つたうえ、上記「第二」及び「第三」の各項目において認定した事実に基づいて本件の場合には右のような違法性を肯定すべきであるとしているものと解されるのである。そこで更に原判決の判示をみるのに、原判決は、前記「第二」の項目において地域住民が被つている被害の実態を詳細に認定したうえ、「第三」の項目において、前記のように、本件空港拡張の経過と地元の住民や自治体の動向及び上告人が従来これに対してとつてきた対策に関する事実の認定に基づき、上告人は、本件空港の拡張、ジエツト機の就航、発着機の増加及び大型化等が空港周辺の住民に及ぼすべき影響を慎重に調査し予測することなく、また、影響を防止、軽減するための相当の措置をあらかじめ講ずることもしないままに空港の拡張等をしてきたもので、対策を後回しにしてまず航空機の利用増加を急いだものと責められてもやむをえない点があること、他方、現代において航空が輸送手段として重要な地位を占め、これに対する需要度も逐年高まつており、その間において本件空港が京阪神地域における唯一の第一種空港として重要な役割を果たしていることは否定しえないが、航空機騒音等による広範かつ深刻な被害が周辺住民に生じていること等前記の諸事実に照らし、公共的必要性を主張するには限界があることを指摘しており、これらの判示からすれば、原審は、右指摘にかかる諸点を総合して、結局本件空港供用行為につき上記説示の意味における違法性を肯定せざるをえないと判断しているものと思われる。
 ところで、本件空港の供用のような国の行う公共事業が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかを判断するにあたつては、上告人の主張するように、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間にとられた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察してこれを決すべきものであることは、異論のないところであり、原審もまた、この見地に立つて考察を加えた結果前記の結論に到達したものと考えられる。
 上告人は、右の結論に対し、原審は上記の考察、判断を行うにあたつて本件空港の供用の公共性ないし公益上の必要性を不当に低く評価し、反対に被害を極端に重視し、上告人が採つた被害の防止、軽減の措置を十分に斟酌していないとしてこれを論難するのであるが、本件において主張されている公共性ないし公益上の必要性の内容は、航空機による迅速な公共輸送の必要性をいうものであるところ、現代社会、特にその経済活動の分野における行動の迅速性へのますます増大する要求に照らしてそれが公共的重要性をもつものであることは自明であり、また、本件空港が国内・国際航空路線上に占める地位からいつて、その供用に対する公共的要請が相当高度のものであることも明らかであつて、原審もこれを否定してはいない。しかし、これによる便益は、国民の日常生活の維持存続に不可欠な役務の提供のように絶対的ともいうべき優先順位を主張しうるものとは必ずしもいえないものであるのに対し、他方、原審の適法に確定するところによれば、本件空港の供用によつて被害を受ける地域住民はかなりの多数にのぼり、その被害内容も広範かつ重大なものであり、しかも、これら住民が空港の存在によつて受ける利益とこれによつて被る被害との間には、後者の増大に必然的に前者の増大が伴うというような彼此相補の関係が成り立たないことも明らかで、結局、前記の公共的利益の実現は、被上告人らを含む周辺住民という限られた一部少数者の特別の犠牲の上でのみ可能であつて、そこに看過することのできない不公平が存することを否定できないのである。更に、原審の適法に確定するところによれば、上告人は、本件空港の拡張やジエツト機の就航、発着機の増加及び大型化等が周辺住民に及ぼすべき影響について慎重に調査し予測することなく、影響を防止、軽減すべき相当の対策をあらかじめ講じないまま拡張等を行つてきた、というのであり、これらの経過に照らし、かつまた、右の拡張等がそれなりの公共的必要に応ずるものであつたとしても、そこにはいつたん成立した既成事実に基づいておのずから生ずる需要の増大に対し更にこれに応えるという一種の循環作用もある程度介在していると思われることをあわせ考慮するときは、原審がこれらの点にかんがみ上告人において公共的必要性を強く主張することには限界があると判断したことにも、それ相当の理由があるといわなければならない。そしてまた、上告人が比較的最近において開始した諸般の被害対策が、少なくとも原審の口頭弁論終結時までの間については、被害の軽減につき必ずしもみるべき効果を挙げていないことも、原審が適法に確定しているところである。してみると、原判決がこれら諸般の事情の総合的考察に基づく判断として、上告人が本件空港の供用につき公共性ないし公益上の必要性という理由により被上告人ら住民に対してその被る被害を受忍すべきことを要求することはできず、上告人の右供用行為は法によつて承認されるべき適法な行為とはいえないとしたことには、十分な合理的根拠がないとはいえず、原審の右判断に所論の違法があるとすることはできない。附言するに、被上告人らのうち一部地区の居住者については、殊にB滑走路の供用開始前における騒音暴露の程度はそれほど大きなものではなく、これを本件空港の供用について認められる公益性と対比した場合、一般的にいえば受忍すべき限度を超えた違法な侵害とみるべきかどうかにつき問題なしとしない者がいないではない。しかしながら、この場合でも、右騒音暴露による被害の程度は、他の地区に居住する被上告人らほど大きくないとはいえ、なお一般社会生活上受忍すべき程度のそれをかなり上回るものであること、住宅地域に近接した本件空港の立地条件、右被害の発生をめぐる事態の推移等に照らすときは、原審がこれら被上告人の被害についてもなお受忍限度を超えるものがあるとして侵害行為の違法性を認めた判断は、これを違法、不当とするにはあたらないというべきである。論旨は、採用することができない。
 同第六点の一について
 所論は、要するに、原判決は、過去の損害に対する慰藉料額の算定にあたり被上告人ら各自の個別的な被害の態様、程度、内容及び各年ごとの被害程度の相違に応じて賠償額に合理的な差等を設けず、B滑走路供用開始以前の時期については被上告人らの居住地区ごとに、右供用開始以後の時期については全地区を通じ一律に賠償額を定めた点において、法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法を犯したものである、というのである。
 一般に慰藉料額の算定にあたつては、被害者各自の個別的な被害の態様、内容、程度や時の経過に伴う被害状況の変動等が重要な判断要素となるものであることはいうまでもない。しかしながら、本件訴訟において、被上告人らは、ひとしく本件空港に発着する航空機の騒音等に基づいて昭和四〇年一月一日以降引続き損害を受けてきたとして、居住地区及び居住期間により若干の差等を設け、昭和四五年一月一日又は昭和四七年一月一日の前後で損害額算定の方法を異にするほかは各被上告人につき一律に算定した慰藉料の支払を求め、その主張する損害の主要部分も被上告人らに共通するものであるところ、このような被上告人らの請求の性格に照らせば、裁判所としては、請求の本旨を没却しない程度において長期的な時間区分により概括的に被害状況の変動をとらえたうえ、各時期につき被上告人全員に終始共通して生ずる被害のみを対象としてこれに相応する慰藉料の額を定めれば足り、それ以上に各被上告人の個別的な被害の態様、内容、程度及びその刻々の変動について認定判断し、これに対応する慰藉料額を定めなければならないものではない。原審は、以上述べたところと同様の見解に立ち、被上告人らの慰藉料の額を定めるにあたり、その適法に確定した事実関係のもとにおいて被上告人らの被害の程度、従来の被害防止対策が不十分であつたことを含む侵害の経過を考慮し、被上告人らの被つている精神的苦痛、身体的被害の危険性及び生活妨害の主要な部分は全員に共通であることを理由として、被害者側の個別的事情としては居住地域及び当該地域における居住期間を斟酌すれば足りるとし、B滑走路供用開始の以前と以後とによつて被害の程度の差が生じたものとして金額に差等をつけたほかは居住地域と居住期間に応じ一律に慰藉料額を算定したものと解されるのであつて、右算定方法は一応合理性を有するものとして是認することができないものではなく、その過程に所論の違法があるとすることはできない。論旨は、採用することができない。
 同第四点の五について
 所論は、要するに、原判決は、(一)本件空港にジエツト機が就航したのち空港周辺地域内に居住を始めた被上告人らについて、いわゆる地域性、先住性を考慮した利益衡量を行わず、かつ、危険への接近の理論を適用することなく、これらの者の損害賠償請求を認容した点、及び(二)B滑走路の供用開始後に空港周辺地域内に居住を始めた被上告人近藤嶋恵及び同常洋子の両名につき、同人らが航空機騒音の実情を認識していたか、又はこれを認識しなかつたことにつき過失があるものであることを否定した点において、経験則に違背する事実認定をしたか、又は前記法理の解釈適用を誤つたものであるのみならず、右両名の請求につき過失相殺に関する判断を遺脱した違法を犯したものである、というのである。
 そこで、まず、所論の(一)の点について検討する。
 この点につき原審の確定した事実関係は、(一)本件空港は、昭和三四年七月第一種空港に指定された当初から既に多数の住民の居住する地域に近接して存在し、その後拡張されたものであつて、被上告人らの居住する地域は、昭和四五年八月準工業地域に指定変更された走井、利倉両地区のほかは、昭和二〇年ごろ以来現在に至るまで引き続き住居地域として指定されており、実際上も、走井地区以外は航空機騒音を除けば比較的閑静な住宅地域である、(二)本件空港に離着陸する航空機の騒音は、昭和三九年六月以降本件空港にジエツト機が就航したことによつて激化したが、同年中におけるジエツト機の発着回数は全発着回数のうち二・一パーセントを占めていたにすぎず、その後年をおつて発着回数のうちにジエツト機の発着の占める割合が次第に増大し、特に昭和四五年二月のB滑走路供用開始後に至つてジエツト機の大型化と大量就航をみた、(三)被上告人らのうちには、本件空港にジエツト機が就航した昭和三九年六月以降B滑走路供用開始までの間に居住を始めた者が相当数存在するが、これらの者がその後の騒音等の激化を予測し、あるいは既に激化しつつある状況を知りながら入居したものとは認めるに足りない、というのである。
そして、右(一)ないし(三)についての事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。この事実関係によれば、右被上告人らの入居当時本件空港がジエツト機の頻繁な離着陸等強大な騒音を伴う用途に供され右被上告人らの入居の場所を含む空港周辺地域がそのような騒音にさらされる地域であることが一般的、社会的に認識され、あまねく了承されていたものとはいい難いから、いわゆる地域性、先住性を理由としては右被上告人らの請求を排斥することができず、また、いわゆる危険への接近の理論に関する後述の解釈のもとにおいても、右被上告人らについてこれを適用する余地がないことも明らかである。したがつて、これらの被上告人らについて、論旨は、採用することができない。
 これに対し、所論の(二)のB滑走路供用開始後に転居して来た被上告人近藤嶋恵、同常洋子については、上述の被上告人らとは事情を異にし、別途に検討する必要がある。
 被上告人近藤及び同常について原審の確定したところによれば、(一)被上告人近藤は昭和四五年六月、同常は同年七月、いずれも豊中市服部寿町三丁目に居住するに至つた者である、(二)これより先、昭和四五年二月五日からは全長三〇〇〇メートル、幅員六〇メートル、ほぼ空港敷地一杯に設置されたB滑走路の供用が開始されている、(三)昭和四四年一二月には既に本件第一次訴訟が提起されており、また、昭和四五年三月当時において、本件空港における一日の離着陸機数は三六七機(うちジエツト機一六五機)(なお、離陸及び着陸を区別した機数は認定されていないが、昭和四五年八月及び昭和四七年四月当時についての認定を参酌して考えると、原審は離陸及び着陸の機数はほぼ同数であると認定した趣旨と解される。)にのぼり、その離着陸の平均間隔は日中(七時から一九時まで)二分二八秒(ジエツト機は五分五七秒)、夜間(一九時から二二時まで)三分六秒(ジエツト機は四分三〇秒)であつた、(四)B滑走路の供用が開始された昭和四五年二月五日以後に測定された右被上告人両名の居住地域における機種別騒音レベル及び七〇ホン以上の騒音の継続時間は、大型ジエツト機につき一〇〇ないし一一〇ホン、約二五秒間、中・小型ジエツト機につき九〇ないし一〇五ホン、約二〇秒間、双発プロペラ機につき八〇ないし九〇ホン、約一五秒間であり、右地域における騒音のWECPNL値は九五以上、NNI値は五五ないし六五である、(五)右被上告人らの転入した服部寿町は、A滑走路末端より南東約二八〇〇ないし三五〇〇メートル、B滑走路末端より南東約一七〇〇ないし二四〇〇メートルの地点にあつて、B滑走路飛行経路のほぼ直下に位置しており、本件航空機騒音の点を除外すれば比較的閑静な住宅地域である、(六)被上告人近藤は、仲介業者のすすめるまま夫の勤務先に近い現住所を選んで入居することとした、(七)同被上告人は、本件航空機騒音が問題とされている事情をよく知らないまま事前に一度一五分間ぐらいの下見をしただけで入居したもので、その後に至つて騒音の激甚なことを知つた、(八)現在の住宅事情のもとで適当な転居先を選択しうる余地は少なく、また、仲介業者等が公害の状況をありのままに告げることも期待し難いから、入居者が事前に十分な調査をしなかつたのはやむをえないところであつた、(九)被上告人常についても、被上告人近藤と同様の事情にある、というのである。
 原審は、以上のような事実関係を確定したうえで、いわゆる危険への接近の理論について、住民の側が特に公害問題を利用しようとするごとき意図をもつて接近したと認められる場合でない限り右の理論は適用がないとの見解のもとに、被上告人近藤、同常の両名につきかかる意図は認められないとして、この点に関する上告人の主張を排斥した。しかし、危険への接近の理論は、必ずしも右のように狭く解すべきものではなく、たとえ危険に接近した者に原審の判示するような意図がない場合であつても、その者が危険の存在を認識しながらあえてそれによる被害を容認していたようなときは、事情のいかんにより加害者の免責を認めるべき場合がないとはいえないのであつて、原審の前記見解は是認しえないものといわなければならない。
 もつとも、この点に関連して、原審は、前述のように、被上告人近藤は本件航空機騒音が問題とされている事情をよく知らずに入居したもので、その後に至つて騒音の激甚なことを知つたのであり、事前に十分な調査をしなかつたのもやむをえないところであつたとし、被上告人常についても被上告人近藤と同様の事情にある、と認定している。したがつて、危険への接近の理論に関する原審の前記見解が誤りであるとの一事で、被上告人近藤及び同常についての原審の判断が誤りであり原判決は破棄されるべきであると速断することは許されないところである。
 しかし更に検討するのに、原審の認定した前記(一)ないし(六)の事実に加えて、記録中の証拠関係(甲第一三号証の一ないし四七三。ただし、三二二は欠番)によつて明らかな、前記昭和四四年一二月の本件第一次訴訟提起よりも更に二年をさかのぼる昭和四二年ごろから本件空港周辺における騒音問題が頻々として主要日刊新聞紙上に報道されていた事実をもあわせ考えれば、他に特段の事情が認められない限り、被上告人近藤が昭和四五年六月上記服部寿町地区に転住するにあたつて航空機騒音が問題とされている事情ないしは航空機騒音の存在の事実をよく知らずに入居したということは、経験則上信じ難いところである。そして、原審の右のような認定が経験則に反するものとして否定され、同被上告人が一定程度の航空機騒音の存在を認識しながら相当期間にわたる間の住居としてあえてその住居を選択したというのであれば、当時の住宅事情を考慮に入れても、同被上告人は、夫の勤務先に近いという居住上の便宜さ等をむしろ重視し、自己が見聞した程度ないしこれと格段の相違のない程度の騒音の悪影響ないし被害はこれをやむをえないものと容認して入居したものと推定することができる。このように、同被上告人が航空機騒音の存在についての認識を有しながらそれによる被害を容認して居住したものであり、かつ、その被害が騒音による精神的苦痛ないし生活妨害のごときもので直接生命、身体にかかわるものでない場合においては、原判決の摘示する本件空港の公共性をも参酌して考察すると、同被上告人の入居後に実際に被つた被害の程度が入居の際同被上告人がその存在を認識した騒音から推測される被害の程度を超えるものであつたとか、入居後に騒音の程度が格段に増大したとかいうような特段の事情が認められない限り、その被害は同被上告人において受忍すべきものというべく、右被害を理由として慰藉料の請求をすることは許されないものと解するのが相当である。そして、原審の確定した事実関係によつては、前記特段の事情のあることが確定されているものとはいえない。
 したがつて、同被上告人は本件航空機騒音が問題とされている事情をよく知らずに入居したものであり入居後に騒音の激甚なことを知つたとし,結局、同被上告人の損害賠償請求を排斥すべき理由はないとした原審の認定判断は、是認し難いものといわなければならない。
 そして、被上告人常についても同様の事情にあるというのであるから、同被上告人の損害賠償請求に関する原審の認定判断に対する当裁判所の判断も、被上告人近藤について述べたところと同じである。 
 そうすると、前記のような特段の事情の存在を確定することなく右被上告人両名の損害賠償請求(被上告人近藤嶋恵の請求については、前記差止請求に関する判断中において理由がないものとされた右請求に関する弁護士費用にかかる損害の賠償請求の部分及び後記上告理由第六点の二、三に対する判断において訴えが不適法とされる損害賠償請求の部分を除く。)を一部認容した原判決は、経験則に違背して事実を認定したか、又は法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべきである。右の点に関する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中右の部分は破棄を免れない。そして、右請求の当否については叙上の点につき更に審理を尽くす必要があると認められるので、右請求部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

〔将来の損害の賠償請求に関する判断〕
 前記上告代理人らの上告理由第六点の二、三について
 所論は、要するに、本件においては将来における慰藉料請求権発生の基礎たるべき事実関係の変動が予想されるにもかかわらず、原判決は、右事実関係を現時において確定しうるとし、しかも慰藉料額の算定にあたつてB滑走路供用開始後の事実関係の変動及び将来における民家防音工事等の対策の進展を考慮することなく将来生ずべき損害に対する慰藉料請求を認容したものであり、この点において法令の解釈適用を誤り、審理不尽、理由不備、理由齟齬の違法を犯したものである、というのである。
 民訴法二二六条はあらかじめ請求する必要があることを条件として将来の給付の訴えを許容しているが、同条は、およそ将来に生ずる可能性のある給付請求権のすべてについて前記の要件のもとに将来の給付の訴えを認めたものではなく、主として、いわゆる期限付請求権や条件付請求権のように、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証しうる別の一定の事実の発生にかかつているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により右請求権成立のすべての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものについて、例外として将来の給付の訴えによる請求を可能ならしめたにすぎないものと解される。このような規定の趣旨に照らすと、継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権についても、例えば不動産の不法占有者に対して明渡義務の履行完了までの賃料相当額の損害金の支払を訴求する場合のように、右請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予測されるとともに、右請求権の成否及びその内容につき債務者に有利な影響を生ずるような将来における事情の変動としては、債務者による占有の廃止、新たな占有権原の取得等のあらかじめ明確に予測しうる事由に限られ、しかもこれについては請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ執行を阻止しうるという負担を債務者に課しても格別不当とはいえない点において前記の期限付債権等と同視しうるような場合には、これにつき将来の給付の訴えを許しても格別支障があるとはいえない。しかし、たとえ同一態様の行為が将来も継続されることが予測される場合であつても、それが現在と同様に不法行為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲いかん等が流動性をもつ今後の複雑な事実関係の展開とそれらに対する法的評価に左右されるなど、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず、具体的に請求権が成立したとされる時点においてはじめてこれを認定することができるとともに、その場合における権利の成立要件の具備については当然に債権者においてこれを立証すべく、事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるようなものについては、前記の不動産の継続的不法占有の場合とはとうてい同一に論ずることはできず、かかる将来の損害賠償請求権については、冒頭に説示したとおり、本来例外的にのみ認められる将来の給付の訴えにおける請求権としての適格を有するものとすることはできないと解するのが相当である。

 本件についてこれをみるのに、将来の侵害行為が違法性を帯びるか否か及びこれによつて被上告人らの受けるべき損害の有無、程度は、被上告人ら空港周辺住民につき発生する被害を防止、軽減するため今後上告人により実施される諸方策の内容、実施状況、被上告人らのそれぞれにつき生ずべき種々の生活事情の変動等の複雑多様な因子によつて左右されるべき性質のものであり、しかも、これらの損害は、利益衡量上被害者において受忍すべきものとされる限度を超える場合にのみ賠償の対象となるものと解されるのであるから、明確な具体的基準によつて賠償されるべき損害の変動状況を把握することは困難といわなければならないのであつて、このような損害賠償請求権は、それが具体的に成立したとされる時点の事実関係に基づきその成立の有無及び内容を判断すべく、かつまた、その成立要件の具備については請求者においてその立証の責任を負うべき性質のものといわざるをえないのである。したがつて、別紙当事者目録記載の番号1ないし239の被上告人ら(原判決別紙二の第一ないし第四表記載の被上告人らないしその訴訟承継人ら)の損害賠償請求のうち原審口頭弁論終結後に生ずべき損害(この損害の賠償の請求に関する弁護士費用を含む。)の賠償を求める部分は、権利保護の要件を欠くものというべきであつて、原判決が右口頭弁論終結ののちであることが記録上明らかな昭和五〇年六月一日以降についての上記被上告人らの損害賠償請求を認容したのは、訴訟要件に関する法令の解釈を誤つたものであり、右違法が判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。それゆえ、論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中右将来の損害の賠償請求を認容した部分は破棄を免れず、第一審判決中右認容された請求に関する部分はこれを取消して本訴請求中右請求にかかる訴えを却下すべきである。